今日も平凡な一日でした。

今日も平凡な一日でした。
朝、6時半にアラームが鳴るもそこからもぞもぞとぐずりながら、結局7時15分頃に家族全員起床。寒い季節なのでなかなかスッと布団から出ることが出来ません。
冷たい廊下を通り、予約暖房が効いた暖かいリビングへ。夫はそこから仕事へ行くための身支度をはじめ、幼い息子はまだ寝ようとソファによじ登ります。私は朝食のパンを焼くためにオーブンを予熱、電気ケトルにコーヒー用の水を入れ、スイッチオン。それから息子を着替えさせるため、息子をソファからずりずりと引き下ろします。
「どれ着る?」
「ピンク!」
知的障害のある息子との会話のキャッチボールは変化球ばかりですが、意思疎通はなんとか可能。着替えを手伝い、トイレに連れていきオムツを変えたあたりで、オーブンと電気ケトルが準備完了をアラームで知らせてくれます。息子をいったん開放し、私は再びキッチンへ。
今日のパンはいつもの食パンではなく、コストコで買ったちょっと良い美味しいパン。パンを少し水で湿らし、そこから更に210℃で10分の焼成。手間がかかりますが、家族みんなが大好きな味です。
パンが焼き終わるまでに、私は他の朝食メニューの準備をします。とはいっても、朝食は簡単な物。パンの他にはヨーグルトとバナナ、息子の牛乳と夫のコーヒーと私のプロテイン。これらを準備して、自分の着替えも終わった頃に、パンが焼きあがります。
「焼けたよー。」
と洗面台にいる夫に声をかけ、家族そろっての朝食。
「いただきます。」
と始まりは一緒だけど、ごちそうさまはバラバラ。夫は少し急ぎ気味にいつも朝食を食べ、反面息子はのんびりと30分以上も時間をかけるからです。ある意味みんなマイペース、私は二人の中間ぐらいで朝食を終え、片づけを開始します。
「いってらっしゃい。」
と息子と一緒に夫を見送ってからが、私の仕事時間。
キッチンに戻り食洗機に入った前日洗い済みの食器をしまい、朝食の片づけ。そのあとは洗面台に行き、自分の身支度を整えると同時に簡単に洗面台回りを掃除します。そのあとは午前中いっぱいを使って、昼食と夕食の準備をします。
「色々なおかずを少しずつ食べたい。」
というのは、夫と私の共通の希望。
食卓にはいつも5品以上のおかずを並べるように心がけています。今日作ったのは、木綿豆腐を使って作る『肉そぼろもどき』、一晩かけて水抜きしたきゅうりを使った『きゅうりの佃煮』、エビとホタテを使った油少なめの『アヒージョ』、そしていつものお味噌汁。夕飯はこれに昨日残り物の『味玉』『豆苗とツナのサラダ』『筑前煮』を加えて、一汁六菜となります。昼食は、息子は春からの幼稚園に向けて練習中のお弁当、私は作ったおかずを適当につまんで済ませます。
午後は私は主にパソコンワーク、息子はテレビを見て過ごします。
エクセルで家計簿をつけたり、ネットで買い物をしたり、資格の勉強をしたり、ちょっとしたお小遣い稼ぎをする時間です。息子の機嫌によっては、あやすことで一日終わってしまうことも多いですが、私が一人で何かに集中できる貴重な時間です。自分用のちょっと良いコーヒーとリンツのチョコレート二粒をパソコンの傍らにおき、集中する時間はとても貴重で至福の時です。
パソコンワークもひとしきり終わった夕方、洗濯ものの片づけに取り掛かります。洗濯には少しだけこだわりがあります。それは『極力畳まない』ということ。おしゃれ着やニットを除いて、極力ハンガー収納にすることを心掛けているのです。靴下や下着は決まった箱にポイポイと投げ入れて収納します。専業主婦でも家事は楽にするのが私のモットーです。イライラしながら完璧な家事をするよりも、多少家事が緩くてもいつも笑顔のお母さんでいたいからです。
夕方、家事をしていると宅配便が届きました。
今日はバレンタイン、夫のために注文していた品物でした。中身は12年物のウイスキーとオリジナルグラス。去年までは手作りスイーツでしたが、元来夫は甘いものが得意ではないため、今年からはお酒にすることにしたのです。
リビングの食器棚の上2段を空け、お酒を置く用のスペースを作りました。今はまだガランとしていますが、来年からはここに1本ずつ、お酒の瓶を飾っていきたいです。
夫からこれから帰宅するとのLINEが入ったら、夕食の仕上げ。帰宅と同時に温かい物を食べてもらえる等、味噌汁やおかずを仕上げていきます。
みんなでそろって、
「いただきます。」
作るのに時間がかかったおかずも、夫と息子の前ではスルスルとなくなっていくのが嬉しくもあり、寂しくもあります。
食事の後は夫の育児タイム。お風呂に入れ寝かしつけをするのは、夫の仕事です。私は夕食の片づけと、自分のお風呂、そして残り湯を使って洗濯を済ませます。
ここまでやって、やっと夫婦の時間。
夫にバレンタインのプレゼントを渡し、今日あったことなどを話しました。
昔は夜遅くまで起きれていたけれど、最近は夫婦ともども夜10時にはダウン。ですので、日記もここまでにしておきます。
平凡な一日でしたが、この平凡こそが幸せではないかと私は思うのです。

最近はコロナウイルスの話題ばっかり

最近はコロナウイルスの話題ばっかりですね。マスクも品切れ状態でなんか大変な感じ。メルカリなんかで高額で転売するやつがいるって、ほんとにこいつらはハイエナだね。人の弱みに付け込んで商売するのっていくら金稼ぎのためとはいえ自分にはできないな。身近に感染者が居ないからまだ実感がわかないけど、たぶん今頃テレビでやっている感染者数よりも普通に街中にもいるんだと思います。うがい手洗いはしっかりやらないとな。健康第一!
2月6日 最近はいい天気が続いて気持ちいいね。清々しい気分で仕事に行ったのですが、なんか社長の様子がおかしい感じがした。なんだろう、普段は自分ではいかない銀行へこそこそ行ったりしてなんか企んでいるのかな?まさか臨時ボーナスが?まさか、そんな余裕はないよね~なんてみんなで噂話をしていました。それにしても目の前の上司の貧乏ゆすりがほんと目障りだ。どうしても視界に入ってくる位置にいるから防ぎようがないんだよね。ほんとこの上司は嫌いだな。絶対大人のADHDだと思う。会話してもまともに成立しないし、何言ってるかほんとにわからない。ろくに仕事もしないくせに高い給料を貰っていてむかつく。なんか最近はストレスが溜まってきているのがわかる。たまにはジムに行って汗でも流してストレス解消しないと。
2月7日 今日は疲れた。朝からクレーム処理やら事務処理が山のようにたまってしまいバタバタしてへとへとだ。夜はいつものメンバーで愚痴を言いながらの飲み会。自分の目の前の上司の悪口が一番盛り上がる。みんなも迷惑被っているらしく、自分以外にも仲間がいて救われる。この上司はいつも昼飯はコンビニ弁当しか食べないらしく、陰ではコンビニマンって呼んでいるってことが笑えた。たまたま入ったお店だったけど、1周年記念だったようでビールとハイボールが1杯300円って嬉しかった。小遣いが少ない中、これは非常にありがたい。止めとければよかったが、夜中に締めのラーメンを食べてしまったことが唯一後悔です。反省します。
2月8日 今日は朝からジムでトレーニング。昨日のラーメン分を取り戻すべく、頑張ってきた。でも最近ちょっとさぼってしまったのできつかった。ランニングマシンで5キロ走ってから筋トレ。約1時間びっちり体を痛めつけました。でも夜は家でいつも通りに酒を飲んで結局は±ゼロって感じかな。でも少しはストレス発散できました。週明けから頑張ろう。
2月9日 今日は子供の野球の応援に行ってきました。楽しそうに野球をしている子供を見ているとほほえましい気持ちになれます。練習試合で3打席の内、1打席目は内野ゴロ、2打席目はフォアボール、3打席目はライト前ヒットで得点に絡むことができました。良かったね。これからもうまくなるように頑張れ!夜は家族で回転すし屋で夕飯。今までは5皿くらいしか食べなかった子供が、今日は10皿までいきました。いっぱい食べて大きくなれよ。こういった普通の生活ってほんとに幸せだと感じます。いつまでもこのような生活が続きますように。
2月10日 今日は衝撃的な出来事が起こりました。会社が倒産するかもしれない状況に直面してしまいました。朝、いつも通りに会社に行ったところ、社内が騒然としていました。なんと馬鹿な社長が夜逃げしてしまったとのことでした。資金繰りが苦しいことはなんとなく雰囲気で分かってはいたので前々から怪しい動きはあったこともわかってはいましたが、まさかほんとに逃げてしまうとは。。。とりあえず今日は行方を追って様子を見るということで落ち着いたが、明日からが不安で仕方ないです。
2月11日 今日は祝日です。でも、昨日のことがあって気が気じゃないです。もしもいきなり会社が倒産となったらどうやって生活していこうかな。家族もいるし、子供もまだ小さいし、困ったものだ。あと、家族には内緒の借金もあるので深刻な状態になってしまいました。それと、仕事の面でもお客さんのフォローや今継続している案件の処理はどうしたらいい?なんかいろいろ考えていると嫌になってしまう。上司からの紹介だったこともありますが、なんでこんな会社に入社してしまったんだろう、ほんと最悪だ。
2月12日 今日は社長の兄が会社に来て話を聞きました。あらゆる手段を使って社長の行方を追ってはいるが、未だ連絡が取れない状態なようです。社長兄は同じ業界にいるため、仕事面においては頼りになる存在でした。特に資金繰りの面においては我々社員を安心させてくれるような発言もありました。でも、肝心な会社が存続するのか、解散することになるのかは少し待ってほしいとのことでした。会社の経営状況や資産状況がわからない状態では判断できないし、社長兄にも家族があるため少し時間を欲しいと説明を受けました。まあ当然のことかとは思いながらも、なんかもやもやが晴れない。不安が大きくなってきてどうしもよなく止めていたタバコを吸ってしまった。なんてこった。
2月13日 相変わらず社長の行方は不明だということ。会社がどうなるのかわからない状態なので、みんな声には出していないものの新規営業をしていいのか迷っている感じがしています。しかもこんな時に今までずっと交渉が止まっていたお客さんから再開したいといった相談がきたり、ほんとタイミングが悪い。もしも社長が見つからずほんとに倒産にでもなったら次の仕事はどうしようかな。そろそろ真剣に職探しでもした方がいいかな。とにかく家族には迷惑を掛けれない。必死にならないと。

昨年春に妊娠し、流産してから2度目の妊娠をしました。

昨年春に妊娠し、流産してから2度目の妊娠をしました。
念願の赤ちゃん、今度こそは絶対悲しい思いはしたくないととても神経質になり過ごしていました。
前回はできなかった心拍確認、胎児の姿確認を経て、念願の母子手帳交付、安定期と20週までは順調に異常もなく過ごしていました。
つわりもそれなりにありましたが、全ては赤ちゃんのため、これくらい頑張れると耐え、乗り越えました。
安定期に入り、つわりも治まり、長い距離を歩けるようになり、これから楽しいマタニティライフだなあと思いながら夫とベビー用品を選びワクワクしていたところ、年明けすぐに頻繁にお腹が張るようになりました。
妊娠してから便秘気味になっていたので、便秘でお腹張っているのかなあと思いながらもそれにしてもおかしい、お腹がカチカチすぎると念のため病院を緊急受診したところ、切迫流産と診断されました。
妊娠20週なら普通40ミリあるのが普通の子宮頸管長が28ミリしかない、25ミリを切ったら早産のリスクが高まってしまう、仕事をしているなら今すぐ自宅安静にしてと言われ、あれよあれよと言う間に書かれる休業命令の診断書、就職してから6年、朝から晩までワーカホリック気味に働いていた私の生活は一変しました。
私がしている仕事は本当に過酷で、数年ずっと夫に「仕事やめたい、主婦になりたい、ニートになりたい」とずっとごねていましたが、急に舞い降りてきた念願の長期休み。
でも、気持ちは嬉しいよりも「不安だ、申し訳ない」の方が強く、職場の人が連絡をくれるたびに「ご迷惑おかけして申し訳ありません」と謝罪する日々。
幸い、上司が色々手配してくれたおかげで私には負担もなく休みに入ることができました。
普段のお休みなら、どこかに出かけたり家の掃除をしたりと充実して過ごしていましたが、一変して自宅安静、動いたらお腹が張る、お腹が張ったら頸管長が縮む…できることは寝ることだけ、本当に退屈でした。
しかも大人しくしているのに、無条件に頻繁に張るお腹。どれくらい張ったらまずいのかもわからず不安になり、自宅安静指示が出てから2日、内服の薬が効いていないこともあり再度受診すると点滴で様子見ましょうと急遽入院になりました。
この日は夫の誕生日の前日。本当は焼肉を食べてお祝いして、手作りのケーキを食べるはずだったのに…。当たり前と思っていたことができなくなったこと、誕生日なのに離れ離れになることが悲しくて落ち込み病室で「ごめんね」と泣いたことを覚えています。
そして始まった点滴生活。内服の時から手の震え、動悸といった副作用がありましたが、内服の20倍の量の点滴の副作用は計り知れないものでした。横になったら常に自分の心臓の音が聞こえるくらいの動悸、食事の時に箸を持つと手が震えうまく食べ物を持てない、字を書くなんてもってのほか。
それだけならまだしも、点滴を始めて2日経つとさらに食事を摂っても気持ち悪くて吐き戻すようになってしまいました。
副作用の辛さ、お腹の赤ちゃんに栄養を届けなきゃいけないのにご飯を食べられない苦しさ、食べられなくて減っていく体重を目の当たりにして、夫の前で「ご飯が食べれない、しんどい」と号泣、「大変なのに赤ちゃん守ってくれてありがとうね」と言われ更に号泣、入院生活は本当にメンタルを崩す日々でした。
次の日、ドクターの診察で、食べれないならない服に戻そうと言われ、点滴が外されると今までの苦しみが嘘のようにご飯を食べれるようになりました。
点滴が外れたことでストレスも減り、それまで夫が来るたびに泣いていたのも一切なくなり、入院生活が慣れてきたのもあって穏やかに過ごすことができるようになりました。
何より、それまで食べれないことを心配していた夫に「ご飯全部食べれたよ」と報告すると喜んでくれるのが嬉しくて、励みになりました。
10日の入院を経て、内服で症状が安定していること、自分の中でもこれくらい張ったらまずいと言う感覚が掴めるようになり、無事退院をしました。
10日ぶりの我が家、普段片付けや掃除なんてほぼしない夫が仕事と病院の往復に加え、頑張って綺麗な状態をキープしてくれていたことに驚きました。
自宅安静に戻ってからも、夫はとても頑張ってくれ、仕事が残っているのに一度帰宅し私のご飯を用意してからまた職場に戻る、平日に朝ごはんなんて作ったことはほとんどなかったのに私より早く起きて栄養のあるご飯を用意してくれると言う日々を送っています。
現在25週まで来ました。胎動もぽこぽこ日に日に強くなり、私も切迫と診断された時と比べたら少しずつ動けるようになりました。
仕事したいなと思うこともありますが、まずはお腹の赤ちゃんが第一、無事に出産できるように周りに感謝しながら穏やかに過ごしていきたいと思っています。
色々ありながらもここまでなんとか頑張っている赤ちゃんありがとう。
遅くまで仕事しながら私のサポートもしてくれる夫、ありがとう。
もう少し一緒に頑張ろうね。
赤ちゃん、会えるの楽しみにしているよ。

結婚して4年目。

結婚して4年目。
二人の子宝にも恵まれ共働きで忙しいながらも休日はピクニックや遠方に出かけたりと3才と1才の息子と夫と幸せで充実した日々を送っています。
そんな中、今日は待ちに待ったあの日!
先週、夫が結婚して初めての有給休暇を取得すると突然言い出し、私にも有給休暇を取得を勧めてきました。何かあるのか聞いたら、「難にもないwwだから休もう!」と言い出し、息子たちが生まれて依頼一度もしていなかったデートが突然決まったのだった。
もちろん子供たちは何も言わずに保育園に登園予定ww
それはそれは私はウキウキして、
映画もいいな!おしゃれなランチコースでワインでも!海も見たいな!USJもいいな!などとあらゆるデートコースを提案しては一人であれこれ言ってITました。
でも、保育園から呼び出しがいつあるか分からないので遠出はできない、お酒もそんなに飲めない、となるとなかなか決まらず当日の朝を迎えていました。
息子たちを保育園に送り、駅では無く家に戻ると夫から「京都に紅葉でも見に行くか!」と意外過ぎる提案が!
絶対付き合っている時は興味ないとか言って一緒に行ってくれなかっただろうに。
私のために、そしてカメラ好きな私、そしてインスタ映えしそうなところを選んでくれました。嵐山のキレイな紅葉を想像しながら、おしゃれしなきゃ!とウキウキ支度していました。
そんな時、私の脳裏にふっとある提案が浮かびました。
それは、京都行くなら天下一品の本店でランチしようよ!と夫に提案すると物凄く喜んで朝も食べずに今度は夫がウキウキと支度し始めましたww(夫はラーメン好きで天下一品も大好きなのです)
支度が終わり、車で京都まで1時間かからない程なので先に天下一品に向かいました。
平日なのに駐車上は空きが1台のみ。
店内も1つのテーブルのみ空き。さすが本店!
夫はこってり、私はこってりとあっさりの中間の屋台味を注文。
そして私だけビールも追加ww
一口目食べた後、顔を見合わせて美味しさにびっくり!
あっという間に二人ともたいらげちゃいました。
お腹もふくれ、嵐山へ向かうことにしました。京都の街並みを車から眺め、夫の横顔も眺め、あっという間に着きました。
嵐山も平日なので駐車場は満車ばかりで観光客に溢れていました。休日はもっともっとすごい人なんだなーと思いながらも空き駐車場を見つけ駐車。
河原を歩き、目に飛び込んできた山の映える紅葉の美しさ!
目に焼き付いて今でも鮮明に覚えています。大きな橋にさしかかりそこでもたくさんの社員をとり、夫一人でポーズとらせたりしてましたww
橋を渡っていると渡し船やボートがたくさん川にあり、ただただ見ていると夫が乗ろう!と言い出し乗り場へ向かいました。
(これも意外!今日の夫は完全に私が喜ぶであろうことだけ考えている!)
ボートに乗り込むとその揺れの大きさに驚きましたが、慣れると何とも言えない開放感があり、風が気持ちよく、紅葉がキレイで最高の気分になりました。
そして夫がボート漕ぐのがやたら上手く、何でそんなに上手いの?って聞いたら、「学生の時よく色んな彼女とボートに乗ってた」と回答。
余計なことを聞いてしまったと後悔ww
でも今は結婚して夫婦だし、ボートを上手に力強く漕ぐ夫を改めてかっこいいなーと思足りしてました。
ボートで対岸まで行き、そこにはお土産屋や団子屋などがたくさんあり、そこをふらふら歩いていました。
普段は自分からあまり喋らない夫も子どもみたいに楽しそうで、修学旅行みたいにお土産屋を見て回り、お団子を頬張りながら散歩をしていました。
子どもたちにもミッフィーのパン屋さんがあり、そこであんパンを購入。
そして私達夫婦は何にしようかと考えているとお箸を作っているお店があり、そこで古風だけどおしゃれなお箸を購入しました。(ここだけ夫婦感ww)
嵐山も一通り周り、存分に楽しんだのでそろそろ帰ろうかとなり駐車場へ向かい車に乗り込みました。(保育園のお迎え時間があるので。)
そっからか今日の振り返りと、子どもたちに早く会いたいねーという家族の会話になっていました。
とことん、私はこの人と結婚して良かったと思い、家族と過ごす人生の楽しさを一人で車で浸っており、勝手に泣きそうになって堪えていました。
会話でごまかそうと思い、夫に何で紅葉にしたの?保育園のお見送りの間にテレビでもやってた?と聞いたら、、、
「有給取るって決めてからずっと考えてたんだよねー。遊園地とかランチとか映画とか。でも何かデート感ないしなーと思って。〇〇(私)は子どもたち出産して毎日育児と仕事、おれは平日ほぼ居ない状況で、たまには女の子な感じで楽しんでもらいたいなーと思って。んで考えた末、おれが絶対提案しないと思ってるであろう嵐山の紅葉にしたww毎日毎日本当にありがとうな。〇〇が居るからおれは毎日幸せだよ。」
と言われました。
どちらかと言うと寡黙な夫からはシラフでは言わない言葉の連発ww
そこで私は涙が止まらないww
夫も仕事激務だから休日ぐらいゆっくりしたいと思うのに。
土日も家族優先で色んなところへ連れて行ってくれているのに。
私は給料少ないから夫の給料で家族は生活できているのに。
文句も愚痴も一度だって聞いたこと無い。
私は何て幸せな妻であり母なんだろう。
と幸せともっと感謝しなきゃって気持ちとで人生忘れられない大切な日となりました。
涙で化粧ぼろぼろのまま保育園に到着し子どもたちのお迎え。
走ってくる我が子たちをいつも以上に力強く抱きしめる。
そこで長男が私の目を見て、「母ちゃん目が赤いよ!どうしたの?」って言ってきて。
私は「父ちゃんと話してたら感動して泣いちゃってww」と言いました。
そしたら息子が夫に、
「父ちゃん!母ちゃん泣いちゃったってよ!悪いことしたら誤りなさい!」
おいっ!息子や!違うぞ!ww
夫は笑いながら私にごめんなさいと言いました。
私は何て幸せなんだろう。これが幸せってやつなんだな。

いつも通り5時に目が覚めました。

いつも通り5時に目が覚めました。
ポストに新聞を取りに行った時、空を見上げると、まだ星が出ています。
冬の朝は寒いけど空が美しいです。
コーヒーを淹れてから新聞を読み始めます。
いつもは見もしないのに「首相の一日」が目に留まり、読んでみました。
朝から午後4時まで20人位と会っていました。
17時散髪、夜は会食。
私は政治のことは全く分かりませんが、
毎日忙しいんだなぁ、と思いました。
私が無職のせいでしょうか、どんな仕事であれ、 忙しく働いている人がみんな凄く思えます。
週刊誌の中刷り広告を隅から隅まで眺めます。
薬物問題と老後の健康の話題が出ていました。
6時頃になると空も明るくなるので犬の散歩に出かけます。
仕事をしていた時は、時間を気にしながら犬の散歩をしていたので、ゆっくり犬に付き合う事が出来ませんでしたが、今は時間はあるので、犬が草むらでいつまでも匂いを嗅いでいるのを待ってあげる事ができます。
それはいいのですが、犬の散歩途中ちょくちょく会う人から「今からお仕事ですか」
と聞かれると困ります。
「はぁ」と言ったり、会釈したりして誤魔化します。
嘘はついていませんが、どことなく後ろめたい気持ちです。
7時過ぎ、家に戻ると朝食です。
炭水化物抜きダイエットが話題になり、何度か炭水化物を食べない日を設けたり、大好きなビールを我慢して蒸留酒にしたりしましたが、我慢の反動で大量にビールや日本酒を飲んだり、ラーメンを食べたりしてしまったので今はあきらめて普通に食べています。
とは言え、多少気にはしているので千切りキャベツのサラダから先に食べます。
食物繊維から食べると糖の吸収を抑えるそうです。
懐石料理のように一品、一品、小鉢などを食べて最後にご飯を食べるといいと聞きましたが、そんなに品数を作る余裕がないし、やっぱり白米とおかずを一緒にたべたいなぁと思います。
9時30分にスポーツジムに行くので準備します。
運動していても一向に痩せないのはやはり食べ物のせいでしょうか。
今は家で風呂に入るのが面倒なので、
運動に行くというよりシャワーを浴びに行く感じになってしまいました。
ここのスポーツジムのスタッフはお客さんを苗字で呼ばず、下の名前で読んで親近感を出すようにしているみたいです。
今はもう慣れましたが、
「○○さん、おはようございます。大分、動けるよになりましたね」なんて話しかけられると嬉しいというより、どう反応していいか分からず、
「はぁ」と不愛想な応対をしてしまった事が何度かありました。
ロッカールームで常連さん同士が話してるのを盗み聞きしたところ、やはり皆さん始めは慣れなかったようで、親しみどころか、バカにされてる気がした、という意見もありました。
二時間程、体を動かして、シャワーを浴びて出ました。
昼なので家に戻ろうと思いましたが、
買い物もあるのでどこかで済ませて買い物して帰ろうと思いなおし、歩き始めました。
昔行った事があるレストランに入りました。
客は私の他2人くらいしかおらず、比較的ヒマなようで、店長とバイトらしき男の子がおしゃべりしています。
聞こえてきた内容はこうです。
以前、この店でバイトしていた子が、
近所の公園で捨て猫を見つけた。
その時、その子が近くにいた老夫婦に、
こういう場合はどこに連絡すべきでしょうか、警察でしょうか、と聞いた。
老夫婦は保健所に連絡しろ、と言った。
保健所に連れていかれたら子猫はガスを吸わせられるんですよね、と言うと、
そうだ、でも仕方ないと老夫婦は答えた。
その子はこの幼い命が消される事に平然としている老夫婦を嫌悪し、無言で子猫を自分のマフラーで包み病院を探した。
しかし動物病院に行くのは初めてなので、費用などが全く分からないから、犬や猫を飼った経験のある店長に連絡が入ったとの事。
店長は、病院に連れて行ったら自分で飼う意思があるかどうかと聞かれるから、もし飼う、または里親が見つかるまで面倒を見るつもりがないなら行かないほうがいい、と話した。
結局、病院に連れていき、その子の家で飼うことにしたらしい。
ここの店長は若いころ、ヨーロッパの何か国で料理の勉強をした事があるらしく、このように話していたのが印象的でした。
「ヨーロッパにも野良猫はたくさんいるが、野良猫の保護、去勢、治療などを無料でしている団体がある。町の人たちも野良猫を毛嫌いしないので風景に溶け込んでいる。犬や猫が乗り物に乗ったり、飲食店にいるのにも寛容だ。日本であれば不衛生だと非難されるだろう。宗教的なものもあると思うが、犬、猫を人間より劣る獣としてではなく、対等とは言わないが、生き物として慈愛をもって接している。日本人はやさしいとか言われるが、こういう面ではヨーロッパの方が進んでいると思う」
盗み聞きしながら、なるほどなぁと思いました。
店長はバイトの男の子に聞きました。
「もしお前が捨て猫みつけたらどうする?」
バイトの子「自分、生き物ってダメなんですよ。
毛ついたりとか。あとベロベロ顔舐めたりするじゃないですか。あれ、ありえないです。」
店長「お前、潔癖か?」
バイト「いや、違いますけどダメっすね」
店長「じゃあ見捨てるんだな。ヒドいやつだ」
バイト「やー、でも飼えないんで」

たしかに飼えないのなら拾わずに、そのままにしておく方が野良猫として生きながらえるかもしれないので猫にとってはそちらの方が幸せな場合もあると思いました。
実際、私は犬を飼っているので、猫は飼えませんし、自分だったらどうするかな、と考えながら店を出て歩いていたら、すっかり買い物の事を忘れてしまい、家に着いてから思い出してしまいました。

今日、息子の3度目の手術でした。

今日、息子の3度目の手術でした。
去年の11月の終わりに貧血がきっかけで息子は優生遺伝の病気だと診断を受けました。
1度目の手術で1月17日大腸全摘、回腸嚢肛門吻合術。術後の経過が悪く腹膜炎を起こし、同月27日に2度目の手術にて前回作ったJパウチ部分を切除。浮腫がひどく再建は次回に回復を待ってすることになりました。
そして、今日2月14日がその3度め手術でした。
手術前日はバレンタイン手術だね、なんて冗談も飛ばしあい、割と冷静に挑む気持ちでした。

歩いて手術室へ向かう息子に行ってらっしゃい!と母と私と二人手を振りました。

予定では2〜3時間でしたが、手術中、思案しながら行う事になるでしょうと事前に聞いていたので、9時から始まった手術が終わったのが午後5時になっても、さほど驚きはしませんでした。

時間が掛かったのは、小腸と肛門の吻合がなされているからなのだと思いました。

事前に最悪、永久人工肛門になるかもしれませんと聞かされていましたから。
その場合は逆に時間は早く終わるだろうと思ったのです。

しかし、いずれでもなく、前回から聞かされていた骨盤が狭い事と予想よりも浮腫が取れてなかったので、小腸と肛門をつなぐ事が出来ずに、閉腹するとの事でした。
閉腹する前に説明されました。
担当医師は「まだ諦めてません、息子さんには申し訳ないですが、もう一度チャレンジさせてください」と。
先生から見てまだ可能性が少なからずあるから、そんな事を仰ってくださるのでしょう。
もちろん、私も息子も、諦める訳にはいきません。

だってまだ息子は20歳なんですから。

手術後、今回は1番辛そうで今は集中治療室です。
早くて明日、もしくは週末まで集中治療室だそうです。

何で何で何で、うちの子なの???とドラマでよくあるような言葉が頭をよぎらない日は少なくないです。
悪夢としか思えない、しかし、これは現実の話です。

ちょっとしたケガで自転車から転倒して手の指を何針か縫ったのは小学3年生頃。

交通事故で車に跳ねられたのが中学校3年生。結構な事故だったけど、ほとんど無傷だったけど、自転車はペッチャンコになっていました。

そういえば、小学5年生の頃は夏休み旅行で行った、波の出るプールでは頭を切って何針か縫ったこともありました。

なんか、そういえば、そういう事の多い子でした。

しかし、男の子なんてそれくらいの事はつきものだという気もします。

3度目の手術が終わり、集中治療室に顔を見に行った時、ベット越しに先生が今の状態の説明をしてくれていたのですが、その傍らで息子はオエオエと吐いていて、苦しくそうで思わず涙がこみ上げできました。
誰がこんな事したの?ひどいじゃない!神様なの?どういう訳でこんな目に合わすんですか?
病気だけでもキツい状態なのに、手術すら上手くいかないってどういうこと?
よくある話なんでしょうか?
みんなこんなに辛い思いをするのでしょうか?してるのでしょうか?

職場や色んな場所で待遇やら給与やらシフトやら、常に不公平のないよう、子育てですら長男と次男、公平にするように注意してきたのに、そもそも人生自体が不公平極まりないなあと思います。
良い人だから長生き、悪い人は早死に、とかそれも違います。

なんか、今日は特別やりきれない思いでいっぱいです。

駆けつけてくれた母は、孫の病気に困り果て、気に病み、胃が痛く食欲がないと言って、息子の事を考えないようにしようとしたりしてると話していました。

まるで息子が邪魔にされてるような気がしてしまいました。

悪気はないのですが、そんな事言われるともう病院に来なくてもいいし、考えてもらわなくても大丈夫です。
息子のせいにしないでほしい。
自分のメンタルの弱さでしょう?
と、自分の母の事を悪く思ってしまいます。

もうほっといてもらう方がこちらとしても気が楽です。

それで母は健康、私は自分の事を悪く思わなくても済みます。

私は大丈夫です。

何故なら大丈夫でなければいけないからです。
そういうもんです、人って。
母親って。

木の上に立って見ると書いて、親って字です。

私も息子の事をみることしか出来ません。

私の母もそうです。
私をただ見てるだけでいいんです。

何の役にも立たず、変わってやることも出来ず、立ち向かって行く姿をただ見てる。

気の利いた励ましすら出来ず、うっとうしく感じるみたいです。

そうなんです、息子はただ痛みに耐えて頑張っているので、そばで私はただ、見てるだけです。
口も手も出せず、ただオロオロと。

今日は集中治療室なので、見ることすら出来ません。

仕方なくそれも受け入れ、自分の無能ささながら、親ってそういう生き物なんだと、実感してます。

どこか、違う病院、大学病院とかに行った方が良いのかな。
先生に今さらだけど、聞いてみようかな。
気を悪くされないかな?
良い先生だし、せっかくここまで手を尽くしてくれてるのだから、このままこの病院でお世話になるのがいいのでしょうか。
もう、未熟な社会経験少ない息子と私だけで判断していくの疲れました。

ではまた明日に考えるとします。

九州旅行で鹿児島指宿温泉と大分の別府温泉へ 

神奈川県厚木市在住のものですが、永年にわたって中堅企業のサラリーマンをしていましたが、この度に65才の誕生日を迎えてからめでたく定年退職となりました。 就業規則による規定の退職金を頂戴しましたが、其のほかに祝い金として旅行代金の金一封として10万円相当をいただきました。
そんな事で国内旅行で未だ足跡を残していない九州地方へ女房と二人で出かける事にしたのです。 旅行に関しては近ツリ(近畿日本ツーリスト)のフリープランを参考にしたもので、レンタカーつきの九州縦断の旅でしたが、其の九州旅行でも南部の鹿児島から福岡までドライブ旅行しましたが、其の中でも印象に残った特に2箇所の温泉を紹介したいとお思います。

★ 先ずは鹿児島の指宿温泉について、

鹿児島空港でレンタカーを借りてドライブ旅行をスタートさせましたが、先ず、鹿児島の指宿温泉でした。 宿泊したのは指宿国民休暇村で、薩摩半島の南端、指宿温泉街から3kmほど北に行った、魚見港から田良岬の一端に広がるリゾート地域にあります。 休暇村の前は、広い芝生が敷き詰めてあり、正面には形のいい魚見岳の三角錐の姿が一際目立ちます。 

本館玄関で受付を済ませて、通された部屋からは正面に紺碧の光る錦港湾で、直ぐ目の前には左、右に広がる砂浜があり。こちらは指宿のサンビーチ海水浴場でもある。
夏場の海のシーズンには、大賑わいをする所でもあろう。 今は訪れる人も無く、白波が打ち寄せるのみです。

ところで指宿温泉は、九州でも屈指のの温泉場でもあるが、特に有名なのが砂蒸し風呂でろう。 指宿の湯の浜海岸には砂むし会館という、砂蒸し湯専門の名物砂風呂が楽しめるところもあります。

実は、此方の指宿休暇村にも砂蒸し湯はありました。 ただ、残念ながら砂浜の様な天然自然のではなさそうであるが、その雰囲気や効能は全く変らないのです。 
そこで、早速ながら浸かる・・?、ことにした。

渡された砂湯専用のユカタを着こんで、女の係員に軽く穴を掘ってもらい横になります。頭だけ残して砂をかけてもらうが、始めのうちは砂がズシッと重く感じたが、暫くすると身体がホカホカと熱くなり、次第に体全体がムズ痒くなってくるが判ります。
そして、15分ほどジッと我慢していると所謂、サウナに入っているような感覚になり、ジットリと汗が吹き出してくるのです。 

所定の時間がくる頃はスッカリ体の芯が暖まり、終わって砂を洗い流す頃には気分はスッキリとして、爽快さを感じました。 砂を落とした後は、続きになってる大浴場へ浸かり、更に、露天風呂に浸かって二度目の癒しを味わいました。 
露天の浴槽は、海岸沿いの松林に囲まれた雰囲気のいい場所、実に満足でありました。

★ 次に大分別府の鉄輪温泉・双葉荘で3連泊

九州旅行で次に印象的だったところは別府温泉でした。 別府温泉を訪ねた時は此方の鉄輪温泉の双葉荘へ保養を兼ねて3連泊しました。
鉄輪温泉(かんなわおんせん)は、よく旅行雑誌やマスコミでも紹介されていますが、別府温泉郷の中でも湯治場の風情が残るエリアで、その特徴的なのが貸間という名前の湯治宿が数多く存在しています。 貸間は、普通では観光宿泊客や温泉立寄り客は受け付けず、湯治専門の目的を持った滞在型で連泊で逗留するためのもので、その温泉療養を体感出来るのです。

我ら夫婦が泊った双葉荘も、実は貸間の旅館で、料理賄いはやっておりません。
鉄輪温泉の双葉荘を知ったのは、或る若者が九日間も滞在し、その雰囲気のよさ良さをこまめに記載してあったのを、ネットのサイト上で拝見したのでした。 料金は、素泊まり1泊3500円でした。

鉄輪温泉は、別府七湯有る内の一つであり、別府市の北側に位置しております。
温泉街に入ると湯治場の風情が漂うエリアであり、その中心を“いで湯坂”という雰囲気有る通りがあり、下駄でカランコロンと散策するには絶好簿場所です。

双葉荘は、丁度、その入口の角にあります。 浴槽は、先ず目を引くのが薬師如来像が鎮座する風情たっぷりの混浴槽で、この浴室が実に雰囲気が有って素晴らしく、ここの浴槽に感じ入って再び訪れる人もあるといいます。 浴槽は、混浴や蒸し風呂あわせて4箇所ずつあるようです。

又、双葉荘は単独の源泉を有し、部屋が取り囲む敷地内には噴気を利用した地獄釜と呼ばれる調理場があります。 ここで、温泉蒸気蒸しで調理を行なうのです。 又、お茶やコーヒーを入れたり、各種の野菜類や魚介類の蒸しあげで、様々な調理をする事ができます。
双葉荘は独特の温泉の雰囲気や施設もさることながら、実はここの女将さんが素敵な方で、この旅館は女将でもっているといっても過言ではないのです。

尚、双葉荘の前を其の名も「いでゆ坂通り」という湯治宿が並ぶとおりでした。 元より鉄輪温泉の中には湯治客又は地元民の為に多くの共同浴場が多く有ります。 此の共同湯は可成りの低料金から無料の湯までありました。 チョット古ぼけた「元湯」、奥まったところの「渋の湯」、川沿いにある「谷の湯」、それに、いで湯坂の上部にあるのが「上人湯」でした。 此の洒落た和風造りの上人湯に浸かりました。 料金はたったの100円で、何とも有り難い湯です。 「上人湯」というのは別府温泉、鉄輪温泉を開いた一遍上人にゆかりの温泉ということで名づけたということでした。

冷暖房設備は現代社会の上で欠かせない

冷暖房設備は現代社会の上で欠かせないものですが、その中でも最も主流なのはエアコンではないでしょうか。
冬場でも温暖な地域ではエアコン一つで事足りるけれど、夏場は暑さが厳しくエアコンだけでは足りずに扇風機を併用する場合もあるでしょう。
逆に、雪国はエアコンでは物足りず灯油ストーブが主流で、は扇風機だけでも気にならないなどもあるようです。
冷暖房機で主流はエアコンと冒頭に書きましたが、実情としてはそれだけではないようです。
と、ここまでなんだか面倒くさい事を書き連ねてきましたが、今回の主旨は「電気を使わない灯油ストーブが好き」と言う事なのです。
我が家にも勿論エアコンがありますが、冬は灯油ストーブも併用しています。
夏には大活躍のエアコンではありますが、冬はやはり灯油ストーブの温もりを感じられる温度が好きなのです。
室温に温もりと言うと、やや詩的な表現ではありますが、実際問題湿度も関係してくると思います。
エアコンをメインで使う場合、やはり湿度が低くなりますから、加湿器なども一緒に使う事が多くなります。
特に冬は乾燥しますから、病気にかかりやすくなります。
インフルエンザ対策としても加湿器は重宝しますが、しかし冬は寒さに加え乾燥していることから、酷い場合は霜焼け気味になってしまう事が多くあります。
また、入浴の際は湯船に浸かるとなると、つい温度設定を42℃と高めに設定します。
高い温度での入浴は、体の表面にある必要な油を落とすと言われています。
実際、入浴後は体が温まるのですが、布団に入るとやはり肌が乾燥してしまいピリピリとした痛痒さを感じてしまいます。
保湿クリームなどを塗ると言った対策をしても、やはり室内の湿度に気をかけるに越したことはありません。
エアコンと加湿器でも冬の寒さと乾燥対策は可能ですが、電気代は気になる所です。
首都圏などはヒートアイランド現象により、年々温度が上昇していっています。
エアコンに限らず、近年の異常気象はすさまじい事もあり、地球温暖化対策やエコなどにも注目が集まっています。
と、少し話はずれましたが、「昔からある暖房器具」という点で灯油ストーブはエコであるというイメージもあります。
灯油ストーブのエコについては後述する事にして、つまりエアコンと加湿器の併用による電気代が気になる時、灯油ストーブであればやかんを置いてしまえば加湿も可能という事です。
これが思った以上に便利なのです。
ふとしたとき、温かい飲み物が欲しいと思った時もやかんのお湯が既に沸いていますから、電気ケトルや電気ポットは必要ありません。
更に嬉しいのは、ふと夜食にカップラーメンを食べよう、など思った時本当に便利なのです。
便利さが加速する現代において、カップラーメンはお手軽なインスタント食の代表格ですが、便利になり過ぎた故にお湯を沸かす事自体に手間を感じてしまう事もあります。
ささっと透明フィルムを破き、蓋を開ければ即お湯が入れられるのは何気に便利なのです。
暖房、加湿、ちょっとした調理と言った点を挙げてきましたが、これだけで便利感が非常にお分かりいただけたのではないかと思います。
ながら、を可能にする便利暖房アイテムなのです。
ここまで灯油ストーブの便利さを書いてきましたが、灯油ストーブのエコの観点に目線を移していきます。
灯油ストーブは、灯油を利用して暖を得る器具になります。
灯油、は灯りを灯す油として動物性、植物性のものが使用されてきた名残として、今でも灯油としてガソリンスタンドで購入する事が出来ますが、現代使用されているものは主に化石燃料である石油にあたります。
この時点で、「昔からあるエコ感」が崩れていますが、その通りで灯油は化石燃料である以上、産出量に限りがある訳です。
各種メディアでは、定期的に「早ければあと数十年で枯渇する」と報道もされています。
灯油ストーブ好きとしては、このニュースにひやりとさせられてしまいます。
また、環境問題的にも灯油を燃焼させる際に発生する二酸化炭素の量も問題視される事があります。
実際、灯油ストーブは定期的な空気の入れ替えを行いますし、リコール問題なども取り上げられた事がありました。
専門家ではありませんので、細かい分析やデータなどは分かりませんし、ここでは行いませんが、つまりエアコンも灯油ストーブも、エコの観点から言うと留意しなくてはいけない点があるという事になります。
異常気象により電気供給がストップするなどした際にも利用出来る灯油ストーブは、便利な反面使い方の見直しや、新たな技術開発が待たれる所であります。
季節の変わり目は、灯油の残量に気を使いながら使用する事が多くなります。
灯油ストーブによる暖房が必要ない気温になれば、次のシーズンまで活動休止です。
夏には使いませんから、部屋の片隅に置かれた灯油ストーブを時折目にすると、限りあるエネルギーについてなんとなく考えてしまいます。
今日は寒さが落ち着き、この灯油ストーブを使用しませんでした。
そろそろ片づける準備をしなくてはな、などと思いながらつらつらと書いてみました。