いつも通り5時に目が覚めました。

いつも通り5時に目が覚めました。
ポストに新聞を取りに行った時、空を見上げると、まだ星が出ています。
冬の朝は寒いけど空が美しいです。
コーヒーを淹れてから新聞を読み始めます。
いつもは見もしないのに「首相の一日」が目に留まり、読んでみました。
朝から午後4時まで20人位と会っていました。
17時散髪、夜は会食。
私は政治のことは全く分かりませんが、
毎日忙しいんだなぁ、と思いました。
私が無職のせいでしょうか、どんな仕事であれ、 忙しく働いている人がみんな凄く思えます。
週刊誌の中刷り広告を隅から隅まで眺めます。
薬物問題と老後の健康の話題が出ていました。
6時頃になると空も明るくなるので犬の散歩に出かけます。
仕事をしていた時は、時間を気にしながら犬の散歩をしていたので、ゆっくり犬に付き合う事が出来ませんでしたが、今は時間はあるので、犬が草むらでいつまでも匂いを嗅いでいるのを待ってあげる事ができます。
それはいいのですが、犬の散歩途中ちょくちょく会う人から「今からお仕事ですか」
と聞かれると困ります。
「はぁ」と言ったり、会釈したりして誤魔化します。
嘘はついていませんが、どことなく後ろめたい気持ちです。
7時過ぎ、家に戻ると朝食です。
炭水化物抜きダイエットが話題になり、何度か炭水化物を食べない日を設けたり、大好きなビールを我慢して蒸留酒にしたりしましたが、我慢の反動で大量にビールや日本酒を飲んだり、ラーメンを食べたりしてしまったので今はあきらめて普通に食べています。
とは言え、多少気にはしているので千切りキャベツのサラダから先に食べます。
食物繊維から食べると糖の吸収を抑えるそうです。
懐石料理のように一品、一品、小鉢などを食べて最後にご飯を食べるといいと聞きましたが、そんなに品数を作る余裕がないし、やっぱり白米とおかずを一緒にたべたいなぁと思います。
9時30分にスポーツジムに行くので準備します。
運動していても一向に痩せないのはやはり食べ物のせいでしょうか。
今は家で風呂に入るのが面倒なので、
運動に行くというよりシャワーを浴びに行く感じになってしまいました。
ここのスポーツジムのスタッフはお客さんを苗字で呼ばず、下の名前で読んで親近感を出すようにしているみたいです。
今はもう慣れましたが、
「○○さん、おはようございます。大分、動けるよになりましたね」なんて話しかけられると嬉しいというより、どう反応していいか分からず、
「はぁ」と不愛想な応対をしてしまった事が何度かありました。
ロッカールームで常連さん同士が話してるのを盗み聞きしたところ、やはり皆さん始めは慣れなかったようで、親しみどころか、バカにされてる気がした、という意見もありました。
二時間程、体を動かして、シャワーを浴びて出ました。
昼なので家に戻ろうと思いましたが、
買い物もあるのでどこかで済ませて買い物して帰ろうと思いなおし、歩き始めました。
昔行った事があるレストランに入りました。
客は私の他2人くらいしかおらず、比較的ヒマなようで、店長とバイトらしき男の子がおしゃべりしています。
聞こえてきた内容はこうです。
以前、この店でバイトしていた子が、
近所の公園で捨て猫を見つけた。
その時、その子が近くにいた老夫婦に、
こういう場合はどこに連絡すべきでしょうか、警察でしょうか、と聞いた。
老夫婦は保健所に連絡しろ、と言った。
保健所に連れていかれたら子猫はガスを吸わせられるんですよね、と言うと、
そうだ、でも仕方ないと老夫婦は答えた。
その子はこの幼い命が消される事に平然としている老夫婦を嫌悪し、無言で子猫を自分のマフラーで包み病院を探した。
しかし動物病院に行くのは初めてなので、費用などが全く分からないから、犬や猫を飼った経験のある店長に連絡が入ったとの事。
店長は、病院に連れて行ったら自分で飼う意思があるかどうかと聞かれるから、もし飼う、または里親が見つかるまで面倒を見るつもりがないなら行かないほうがいい、と話した。
結局、病院に連れていき、その子の家で飼うことにしたらしい。
ここの店長は若いころ、ヨーロッパの何か国で料理の勉強をした事があるらしく、このように話していたのが印象的でした。
「ヨーロッパにも野良猫はたくさんいるが、野良猫の保護、去勢、治療などを無料でしている団体がある。町の人たちも野良猫を毛嫌いしないので風景に溶け込んでいる。犬や猫が乗り物に乗ったり、飲食店にいるのにも寛容だ。日本であれば不衛生だと非難されるだろう。宗教的なものもあると思うが、犬、猫を人間より劣る獣としてではなく、対等とは言わないが、生き物として慈愛をもって接している。日本人はやさしいとか言われるが、こういう面ではヨーロッパの方が進んでいると思う」
盗み聞きしながら、なるほどなぁと思いました。
店長はバイトの男の子に聞きました。
「もしお前が捨て猫みつけたらどうする?」
バイトの子「自分、生き物ってダメなんですよ。
毛ついたりとか。あとベロベロ顔舐めたりするじゃないですか。あれ、ありえないです。」
店長「お前、潔癖か?」
バイト「いや、違いますけどダメっすね」
店長「じゃあ見捨てるんだな。ヒドいやつだ」
バイト「やー、でも飼えないんで」

たしかに飼えないのなら拾わずに、そのままにしておく方が野良猫として生きながらえるかもしれないので猫にとってはそちらの方が幸せな場合もあると思いました。
実際、私は犬を飼っているので、猫は飼えませんし、自分だったらどうするかな、と考えながら店を出て歩いていたら、すっかり買い物の事を忘れてしまい、家に着いてから思い出してしまいました。

今日、息子の3度目の手術でした。

今日、息子の3度目の手術でした。
去年の11月の終わりに貧血がきっかけで息子は優生遺伝の病気だと診断を受けました。
1度目の手術で1月17日大腸全摘、回腸嚢肛門吻合術。術後の経過が悪く腹膜炎を起こし、同月27日に2度目の手術にて前回作ったJパウチ部分を切除。浮腫がひどく再建は次回に回復を待ってすることになりました。
そして、今日2月14日がその3度め手術でした。
手術前日はバレンタイン手術だね、なんて冗談も飛ばしあい、割と冷静に挑む気持ちでした。

歩いて手術室へ向かう息子に行ってらっしゃい!と母と私と二人手を振りました。

予定では2〜3時間でしたが、手術中、思案しながら行う事になるでしょうと事前に聞いていたので、9時から始まった手術が終わったのが午後5時になっても、さほど驚きはしませんでした。

時間が掛かったのは、小腸と肛門の吻合がなされているからなのだと思いました。

事前に最悪、永久人工肛門になるかもしれませんと聞かされていましたから。
その場合は逆に時間は早く終わるだろうと思ったのです。

しかし、いずれでもなく、前回から聞かされていた骨盤が狭い事と予想よりも浮腫が取れてなかったので、小腸と肛門をつなぐ事が出来ずに、閉腹するとの事でした。
閉腹する前に説明されました。
担当医師は「まだ諦めてません、息子さんには申し訳ないですが、もう一度チャレンジさせてください」と。
先生から見てまだ可能性が少なからずあるから、そんな事を仰ってくださるのでしょう。
もちろん、私も息子も、諦める訳にはいきません。

だってまだ息子は20歳なんですから。

手術後、今回は1番辛そうで今は集中治療室です。
早くて明日、もしくは週末まで集中治療室だそうです。

何で何で何で、うちの子なの???とドラマでよくあるような言葉が頭をよぎらない日は少なくないです。
悪夢としか思えない、しかし、これは現実の話です。

ちょっとしたケガで自転車から転倒して手の指を何針か縫ったのは小学3年生頃。

交通事故で車に跳ねられたのが中学校3年生。結構な事故だったけど、ほとんど無傷だったけど、自転車はペッチャンコになっていました。

そういえば、小学5年生の頃は夏休み旅行で行った、波の出るプールでは頭を切って何針か縫ったこともありました。

なんか、そういえば、そういう事の多い子でした。

しかし、男の子なんてそれくらいの事はつきものだという気もします。

3度目の手術が終わり、集中治療室に顔を見に行った時、ベット越しに先生が今の状態の説明をしてくれていたのですが、その傍らで息子はオエオエと吐いていて、苦しくそうで思わず涙がこみ上げできました。
誰がこんな事したの?ひどいじゃない!神様なの?どういう訳でこんな目に合わすんですか?
病気だけでもキツい状態なのに、手術すら上手くいかないってどういうこと?
よくある話なんでしょうか?
みんなこんなに辛い思いをするのでしょうか?してるのでしょうか?

職場や色んな場所で待遇やら給与やらシフトやら、常に不公平のないよう、子育てですら長男と次男、公平にするように注意してきたのに、そもそも人生自体が不公平極まりないなあと思います。
良い人だから長生き、悪い人は早死に、とかそれも違います。

なんか、今日は特別やりきれない思いでいっぱいです。

駆けつけてくれた母は、孫の病気に困り果て、気に病み、胃が痛く食欲がないと言って、息子の事を考えないようにしようとしたりしてると話していました。

まるで息子が邪魔にされてるような気がしてしまいました。

悪気はないのですが、そんな事言われるともう病院に来なくてもいいし、考えてもらわなくても大丈夫です。
息子のせいにしないでほしい。
自分のメンタルの弱さでしょう?
と、自分の母の事を悪く思ってしまいます。

もうほっといてもらう方がこちらとしても気が楽です。

それで母は健康、私は自分の事を悪く思わなくても済みます。

私は大丈夫です。

何故なら大丈夫でなければいけないからです。
そういうもんです、人って。
母親って。

木の上に立って見ると書いて、親って字です。

私も息子の事をみることしか出来ません。

私の母もそうです。
私をただ見てるだけでいいんです。

何の役にも立たず、変わってやることも出来ず、立ち向かって行く姿をただ見てる。

気の利いた励ましすら出来ず、うっとうしく感じるみたいです。

そうなんです、息子はただ痛みに耐えて頑張っているので、そばで私はただ、見てるだけです。
口も手も出せず、ただオロオロと。

今日は集中治療室なので、見ることすら出来ません。

仕方なくそれも受け入れ、自分の無能ささながら、親ってそういう生き物なんだと、実感してます。

どこか、違う病院、大学病院とかに行った方が良いのかな。
先生に今さらだけど、聞いてみようかな。
気を悪くされないかな?
良い先生だし、せっかくここまで手を尽くしてくれてるのだから、このままこの病院でお世話になるのがいいのでしょうか。
もう、未熟な社会経験少ない息子と私だけで判断していくの疲れました。

ではまた明日に考えるとします。