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今日はバレンタインデーです!

今日はバレンタインデーです!
でも、この年になったら贈る相手なんて限られますよねー。
今は息子だけです。
息子は息子で、くれる相手が母親だけなんですもんねー。早くなんとかなんないものでしょうかねー。あー、早く可愛い彼女を見付けて欲しいです。
去年まではMery’sだったけど、今年はそれも苦しいから、明治チョコレートにしてみました。
気のせいか、表情が微妙だったんですよ。
だけど本人が去年、「Mery’sはおいしいけど少ない。明治チョコの方がいい」って言ったんですけどね。いつだったか、たまにはモロゾフをと奮発したのに、「いつもの方がおいしい」なんぞとのたまったんですよ。く~っ!

たまにはバレンタインに自分チョコしたいと思うけど、やっぱり高いですよね。バレンタインのチョコだと金銭感覚が狂うから、高価でもオッケーな気になりますけどね。でも一口千円はやっぱり高いですよ。
100円の袋菓子のかりんとうですが、くらくらするほどおいしいんです、これが。やっぱりかりんとうだよね、と頭が冷えました。
そういうわけで舌も庶民の私は、ゴディバのチョコに雄雄しく背を向けたのでした。

本当にかりんとうおいしいですう。はっきり言って、中毒ですもん。

今日職場で、頭を打ったくまさんの本を借りました。まだ、くまさんのお話しか読んでません。だってこの毎日で、読む暇がほとんどないんですよ。職場で休憩時間に読む方が時間が取れます。
で、今の所くまさんだけです。
りくがめさんがとんちんかんな受け答えをするところは良かったです。昨日聞かれたことに今日答えるって、かめらしくてありそうで、メルヘンですよね。
でもですね、とらさんが、自分の食べた動物を思って泣いて、その食べられた動物も自分が食べた動物を思って泣いて。そういう感覚って私、嫌いですね。
「おおかみとやぎ」だっけ。あれとか、「おまえうまそうだな」とか。確かに感動的だし嫌いじゃありませんけど、そもそもの設定が好きじゃありません。
食べて何が悪いのでしょう?
だったら人間はどうなるのでしょう。人間の罪深さを書けよ、と思うわけです、私は。
人間の感覚だけで書いて、しかも「自分は悪いことは何もしていませんよ」的な傲慢さ、嫌ですねえ。「食べる」ことをもっと謙虚に受け止めるべきだと思ってしまいます。

くまさんのお話集、他のお話はどんななのでしょうか。せっかく貸してくれたのだから、こんなにつっこんじゃ申し訳ないでしょうね。

今日は引き潮だったみたいで、波打ち際が少し離れていました。
このところ、波打ち際が向こうなので、少し寂しいです。私はどちらかというと、潮が満ちているほうが好きなようです。
住宅街から砂浜に流れ込む川がいいです。
流れ込む途中、砂浜にもぐってしまうので、とても不思議です。
雨降りや満ち潮では、砂にもぐることなく海に流れ込みます。
砂にもぐっても、再度浜に出てきて海に注ぐこともあるのですが、もぐったままどこにいったかわからないこともあります。きょうはその日でした。
ただ単に、砂の中で水が散っているのでしょうか。それとも地中で川が流れているのでしょうか。
私は大抵、海岸を眺めながら歩いているので、傍からは変に思われていることでしょう。「前見て歩けよ」と思われていそうです。
でもやめられません。
バスの中でも、眺められるときは眺めています。ぼんやり見るのではなく、目をきょろきょろさせながら見ます。やめられません。きっと変な人です。
今日は潮が満ちてきているのに気付きました。
波が引くことなく、間断なく岸に寄せてくるのです。
小さな発見が嬉しいです。

海は本当に飽きません。海辺の住宅街に住んでいて、嫌というほど海を見ているにも関わらずです。毎日何時間でも見ることができると思います。

雲も海と似ていると思います。雲も海もはっきりした形を持ちません。変化自在さが私を惹きつけるのだと思います。
随分以前に、国内ですが、飛行機で窓際に座ったことがあります。
晴れていたときは海しか見えませんでした。陸は、山しか見えませんでした。
どこを飛んでいるかもわからず、退屈でした。
曇った日、飛行機は雲の上に出ました。その時の景色の感動的だったこと!
何も浮かんでいない空(当たり前ですが)、眼下には一面の雲の海。太陽が当たって美しい色に映えていました。
何に驚いたって、なんと、雲には同じ形が一つとしてないのです。あれだけ雲がびっしりと連なっているのに、しかも一つ一つが巨大なのに、同じ形がないのです!これこそ神の造詣だと思いました。
気圧や風や温度のせいで、場所によって雲の連なりが変わります。巨大な雲の千変万化なショーを見ている気がしました。
「曇りの飛行機は下が見えないから嫌」という人がいました。大抵の人の感想はそうだろうと思います。
でも私に言わせれば、海や山しか見えない地上なんてつまりません。
そういえば、飛行機から雲が出来つつあるのを見たことがあります。
地上から水蒸気の白い小さな塊が、列を作って空に向かっているのです。それらは静止しているようには見えました。ただ小さな塊達の先に少し大きめの雲の子供みたいな塊があり、小さな塊はそれに繋がる形だったので、あれは雲の誕生でした。

自然の驚異は計り知れません。

今日はこれまで。

タイ旅行

先週の金曜日から今週の火曜日までタイ旅行をしました。
元同僚であり、現在は友人関係であるO君と朝、東京駅にて待ち合わせをした後、成田空港までバスで移動した後、LCCを使いタイまで7時間かけ移動しました。
自分自身、海外旅行は学生以来いっておらず大変久しぶりの旅行となり、タイの空港に着いた際には久しぶりに高揚感を覚えました。
なぜタイを選んだかというと友人のO君が頻繁にタイに旅行しており、現地に彼女を作った為、私も頻繁にタイ旅行へ行こうと誘いを受けていたからです。
また普段は全くといっていい程読書をしない私が、タイが舞台である小説が好きで小説の舞台であるタイの世界を見てみたいという単純な理由からでした。
その小説にはタイの街並みが連想できるような描写がいくつもあり、タイ(バンコク)という街の華やかさや、タイで働く人間のリアルな生活感や人間性、階級社会がリアルに描写させていた為、自分自身で触れてみたいという気持ちも多くありました。

ドンムアン空港へ到着し、タクシーへ乗車し、バンコク市内へと向かいました。
タイのタクシーは観光客からぼったくるとO君が言っていましたが、空港から市内まで1500バーツという
値段が高いのか安いのかすらわかりませんでした。

ホテルへチェックインし、タニヤ?という街でO君の彼女と合流しました。
3人でソンブーンという小泉首相も訪れたという有名なレストランで食事をしました。
O君おすすめのカニと卵のなんとかという料理がとても美味しく、感動すら覚えました。
日本人だらけの店内には少しがっかりしましたが、会計は1500バーツと安く、少し驚きました。
店を後にし、3人で夜の街へ繰り出しました。
その後O君と彼女はホテルへ戻ってしまった為、
1人GOGOバーでお酒を飲み夜の街を楽しみました。
2日目はの土曜日はパタヤへ向かいました。O君の彼女が知り合いのタクシーを呼んでくれたので安く移動することが出来、助かりました。
昼食を済ませた後、別行動となりました。
1人、よくわからないバスに乗り街へ向かいました。とりあえず、適当な飲食店に入り、チャイを2本ほど飲み、町を散策しました。
時間もあるので適当なマッサージ屋へ入りました。1時間300バーツという料金に驚きました。
マッサージの女性と話していると、女性自身には1時間100バーツほどしかバックしないとのことで生活が成り立つのか不思議でしたが、スペシャルなマッサージやチップでなんとかなっているのは創造に容易い事でした。
マッサージ店を後にし、O君から連絡があり、ウォーキングストリートで合流しようと連絡があり、移動しました。
モカタという焼肉としゃぶしゃぶの良い事どりのような料理をバイキング形式で食べました。現地では良く食べる料理のようです。
食事を後にし、O君の彼女の現地の友達3人と合流しました。
6人でクラブへ移動し、お酒を飲んでいると後ろの席に女性が二人やってきました。
乾杯のサインで適当に話しかけると、O君の彼女は激昂し帰ってしまいました。3人の友達へスマホの翻訳機能を使い平謝りしたところ、全く気にしなくていい、楽しんでと返答があり、どこか同級生の気遣いのような温かい人間性を感じました。

3日目はバンコクへ戻り、O君とは別行動となりました。
バンコクの寺にでも行こうかと思いましたが、どこにあるかもよくわからず、タクシーで都心方面へと向かいました。適当な飲食店でチャイを飲み、ふとチャオプラヤ川の船へ乗りたくなりました。
小説に出てきたからです。
インターネットで最寄り駅を検索し、鉄道で移動しました。なんという駅か忘れましたが、計画性のない旅がまた楽しいものです。
船には一人日本人が乗車しており、話しかけ夕食を共にしました。日本ではよく似た仕事をしており、話も盛り上がりました。
夕食後ルーフトップバーへ行きたいという私の我儘に付き合ってくれ、名前は忘れましたが、タクシーで移動しました。景色が良く、屋外でもあった為か非常に開放感がありました。
バーを後にし、解散しました。
O君から連絡があり、パッポンのクラブで彼女といるということなので移動しました。
適当に酒を酌み交わし談笑しました。日本人向けの曲が大音量でかかっていてびっくりしましたが、周りを見渡せば日本人ばかり。タイを訪れる日本人が多い事に驚きました。
O君は彼女とホテルに戻るということで、飲み足りない私は、乾杯のサインで現地女性に話しかけました。とても可愛らしく、日本人らしい女性でした。
彼女とクラブを後にし、屋台でラーメンを食べました。ふと彼女の姉が車で向かいに来るというので、自身を乗車し、彼女の家にお邪魔しました。タイではよく人を招くそうです。
40階建てのマンションに住んでいて驚きました。家賃を訪ねてみると1万バーツほどとの事で再び驚きました。
しばらく談笑し、翌朝ホテルへ戻りました。

3日目は飛行機の時間もあり特にやることもなかったので、O君、彼女と3人で食事をした後空港へ向かい帰国しました。

とても良い思い出になりました。

今日は仕事後に美容院の予約をしていました。

今日は仕事後に美容院の予約をしていました。
前回美容院を訪れたのは11月だったので、3ヶ月とちょっとぶりです。

私はくせ毛で剛毛、そして髪の量が多いため、縮毛矯正とカットのコースをいつもお願いしています。
カットの注文は決まって「軽くしてください」のみでした。

しかし、今日は会社のランチ時間に、美容院に行くことを同僚に話したら「イメチェンしてきてくださいよー」と前フリをされてしまいました。

イメチェン、といえばやはりバッサリ切ることだろうとは思ったものの、私の髪の毛は量が多いため短い髪型には不向きだそうで、どの美容師にもロングを勧められます。

半ば諦めつつも、スマホで自分のなりたい髪型を調べたり、同じようにくせ毛・剛毛・多毛の人のショートの体験談を読んだりしてみたりして美容院に向かいました。

今回で3回目にの来店となる美容院では、前々回と前回と同じ30代なかばほどの男性美容師さんにたまたまあたりましたが、今回は指名なし。

私は美容院の間隔がかなり空く方なので、前回がどの美容師さんが担当してくれていたか忘れているのが本当のところです。

しかし、美容院や美容師さんの方は記録をのこしているようで、3回目の今回も同じ美容師さんにあたり
「お久しぶりですね。今日も縮毛矯正とカットですか?」
と声をかけてくれました。

さすがに3回目ともなると、私の方にもその美容師さんに対する信頼感はあり
「実は、イメチェンしたいので限界までショートにしたいんですけれど、どのぐらい切れますか?」
と恐る恐る尋ねてみました。

「え?限界までってどういうこと」
と言われたので
「他の美容師さんに私の髪質だとショートは難しくて、ロングが向いていると言われたんですが、じゃあどのぐらいならカットできるのか知りたくて…」
と言いました。

すると
「いや、普通に大丈夫だよ。希望通りにカットは可能ただ、自宅でもセットできるようにとなると限られるかな」
と頼もしい言葉があったので
「じゃあ、この髪型にしてください」
と、先程調べたミディアムヘアの写真を差し出しました。
「オッケー。その髪型なら全然できるよ。じゃあ、縮毛矯正やっていこう!」
ということになりました。

縮毛矯正は時間がかかるメニューです。
薬剤をつけてアイロンで伸ばしてまっすぐにするという作業は、なんと2時間かかります。

私は美容院で繰り返し縮毛矯正をかけ続けているとは言え、縮毛矯正は薬剤の匂いもきつく髪の毛も痛みやすく苦手なのですが、くせ毛の身としてはさらさらストレートは何よりも代えがたいものです。

まずは、ざっくりとしたカットが開始されました。
この時点ではあまり美容師さんも私もお互い気を使わず適当な会話と大体の長さの調節をするだけです。
確かにこれまでの長さより30センチ以上短く、肩より上ということで内心ドキドキしていました。

一応スマホやスマホの充電器も席まで持ってきたものの、2時間は長い。
せっかくなので雑誌が読みたいなぁと周りをキョロキョロしてみると、美容院の棚にラーメン情報誌があったのでお願いして読ませてもらうことにしました。
ラーメンの食べ歩きが好きな私にとって大切な情報源。楽しく読める雑誌に大喜びです。

その間にもカットは進み、足元には大量の自分の髪の毛が散乱していました。
自分の髪ながらその光景にゾッとしながらも、他の美容師さんが箒でかき集め捨ててくれているのを見ていると
「はい、じゃあ次はシャンプーね!」
と促されてシャンプー台へ移動しました。

シャンプー台は美容院に行きはじめた頃はとても緊張した思い出があるのですが、今は慣れたもの。
美容師さんによるシャンプーは最高に気持ち良いというのは、本当に学習しています。
実は美容師さんとの会話が得意な方じゃないので、喋らなくて良いシャンプーの時間は至福の時です。

シャンプーの時間が終わり、席に戻ると今度はドライヤーをしてもらいました。
美容院にある大きく風力が強いドライヤーだと、多毛の私の髪でも5分で乾くから感動します。
これまでは髪が長かったとは言え、自分でやると20分はドライヤーに時間がかかっていました。

髪が短くなることにより、この煩わしいドライヤーの時間も短縮できるのでは?と期待しているというところもありました。

さて、ここからが本番。縮毛矯正の始まりです。
「じゃあ、薬剤かけまーす」
という美容師さんの言葉とともに、何かあったかいジェル状の液体がにゅるにゅると自分の髪の毛に塗られていくのがわかりました。
「なんか温かいですねー」
と美容師さんに語りかけると
「化学反応を起こしているんですよ。じゃあ、このまま30分ぐらいおきまーす」
と、美容師さんは私を置いて休憩にいきました。

そう、縮毛矯正は薬剤を髪に浸透させるための放置時間が長いんです。
この間はひたすら我慢。
スマホをいじり、友人やツイッターに「美容院なう」的なことをつぶやくなりして暇をつぶします。

そうこうするうちに30分経過。
「じゃあ、アイロンかけまーす」
と美容師さんが戻ってきて、ヘアアイロンで私の髪をまっすぐに伸ばしていきます。
正直ちょっと熱いし、時々焦げた匂いもして不安になりました。
この作業も長く30分以上かけ、丁寧にアイロンをかけてくれます。

髪の毛が真っ直ぐに伸びたところで、ようやく本気のカット開始です。
美容師さんがテクニックを駆使して私のなりたい髪に近づけるため頑張ってくれているため、私も協力すべくスマホや雑誌などを見ずに正面の鏡を見つめます。

細かいカットがあちこちに入り、どんどん頭が軽くさっぱりしてきて、髪の毛がさらに短くなっていきます。

ようやくカットが終わり、美容師さんが
「どう?後ろもみせるね」
と三面鏡をもち、私の後ろにたち、私の後ろ姿を見せてくれました。

正直に言えば、なかなかいい感じではりながらも「何かもうちょっと足りないな…」と感じてもじもじしていると
「もっと切ってみる?イメチェンした感じにするなら顎よりちょっと下がいいかも。結べる長さにしておくよ」
と、カットをやり直してくれることになりました。

10分後、鏡の中には夢だった短いボブ姿の私がいました。
「ありがとうございます!すごく満足です!明日同僚に自慢できます!!」
と美容師さんに感謝の気持ちを伝えると
「じゃあ、次回からは僕を指名してくれると嬉しいです。僕の名前は齋藤なので、覚えておいてねー」
と笑ってくれたので、次回は初めから齋藤さんを指名しようと決めました。

美容院を出ると夜風で首元が涼しく、ストレートの髪が耳の横でサラサラ揺れて心地よかったです。
縮毛矯正の薬剤の香りはするものの、そこまできつくなかったので、るんるん気分で帰宅をしました。

今日はラッキーだった。

今日はラッキーだった。
毎日、同じ有料トンネルを通って、職場に通っているけど、楽しみの一つができたからだ。
有料トンネルの料金所は、未だにETC決算ができない。
早くETC対応にしろよと毎朝思うけど、今日からはしばらくはして手渡しの料金にしてほしいと思った。
いつも料金所に行くと、若いきれいな女性が受け渡しをしていた。
年齢的には30代前後だろうか。
結婚指輪はしてなかったはず。
名前は何というのだろう。
料金を渡すときに、ちょっぴり触れたあの手の感触の余韻が残る。
その上「いってらっしゃいませ」との一言もあった。
思わず、急発進しそうになってしまった。
まだまだ、若さの残る自分を発見してしまった。
しかし、毎朝の声を聴けて、職場に出勤ならどんなに幸せだろうか。
早く明日が来ないかとこれほど思ったことはなかった。
仕事が憂鬱な日は、出勤したくないと思うことは良くある。
でも、出勤したいと思うことはほとんどない。
でも今日からは違う。
密かな楽しみができてしまった。
この楽しみのために今日も頑張ろうと思った。
だが、現実は甘くない。
いつもの出勤で、嫌みな上司に最高の気分をぶち壊されてしまった。
お前とは、挨拶なんか交わしたくないのに、挨拶してくるなよ。
と思いつつも「おはようございます」を言わなければならない苦痛があった。
それでも、今日の俺は違った。
右手に残るあの余韻が、なんとか前向きな一日にしてくれた。
周りからも何か良いことあったのか。
宝くじでもあたったのか。
と聞かれた。
笑いながら答えることはできなかった。
とりあえず、今日の俺は何でもできる気がした。
お陰で仕事のはかどり、こんな生活を毎日送れるのかと思っていた。
いつもより早く職場を後にして、明日を楽しみにして見ようと思った。
すると、帰りのトンネルで確認したら、あの人がいるではないか。
トンネルを出た後に、また引き返した。
馬鹿なことをしているなと思ったけど、本能が導いてくれた。
トンネルを出てUターンして、再びトンネルへ。
そしてついに、あの人の元へ行けるかと思った。
しかし、神様は無常。トンネルの入り口で並んでいたら、交代の人が来たのだった。
料金所なので、そりゃ交代はするだろうけど。
このタイミングで辞めてくれ。
かといって、入り口の渋滞から抜け出す術はない。
そのまま無情にも交代したおっさんに料金を払ってみた。
そこで、ふと思った。
料金所を出た後の建物で、仕事の終わりをしているはずだと。
そこで、その建物の入り口に向かった。
その建物では、トイレなどが設置されていて、定期券などを買うことができた。
気分でしか使わない有料トンネルの定期を買うまではいかないが、あの人がいるなら毎日、トンネルを利用しようか。
そんな葛藤の中で、建物にとりあえず入ってみた。
定期の話を聞きに来たという設定だった。
しかし、窓からみると奥の方にあの人がいたが、どうすることもできない自分がいた。
こんなときは、声をかけるべきだろうか。
もう少し様子を見てからか、今日しか会えないかもしれないし、どうするんだ。
頑張れ俺、行くしかないんじゃないか、男を見せろ。
そんな自分の声を聞き、定期の人にあの人を呼んでほしいと頼んだ。
当然、変な疑いの目で見られた。
「知り合いに似ているもので、ひょっとしたらと思って」と食い下がり何とか取り次いでもらえた。
適当な名前さんではいですか。
と聞けば良いか、同声をかけてよいのか、分からなかった。
扉があくまでの時間が、何時間にも感じられた。
扉が開くと、そこにはなんと、想像と違った人が現れた。
瞬間的に固まってしまった。
今朝の人には違いないが、思っていたような感じではなかった。
年齢的には推測通りだが、しかし、顔が違うんだよ。
俺の中では、芸能人に負けない可愛さだったし、手の柔らかさはか弱かったし、声もドキドキしたけど。
全く違った、全く違うよ。
一日の俺の思いを何とかしてくれよ。
あんたじゃないんだよ。
俺が朝から考えていた人はあんたじゃないんだよ
俺が美化した妄想に溺れただけだった。
その場で、なんと言ったかは覚えていない。
適当に行って、車に戻った。
トンネルの中をただ、何も考えずに走ったのだった。
そして、トンネルを抜けると職場への思いも出て、このまま帰る気がしないが、帰るしかなかった。
また、トンネルをUターンして、家に向かうのだった。
ハッキリ言ってトンネルがこんなに長いとは思わなかった。
前の車が走ることがこんなに嫌なことはなかった。
対向車線のヘッドライトがイライラを倍増させた。
なんて日だったのか。
トンネルを抜けるとコンビニを発見した。
トンネル代の料金に匹敵するビールを買って帰ることにしたのだ。
家に着くと、ビールを飲みながらこれを書いている。
このビールの味は、なんと表現したらよいのだろう。
トンネルの定期券なんか間違って買わなくてよかった。
人を良く見ないとだめだと思った。
もう少し観察力をつけようと決心した。
チクショウーとビールを思わず投げてしまい、慌てて掃除をしながら我に返ったのであった。
もう、日記は書かずに、寝るぞ

今日も平凡な一日でした。

今日も平凡な一日でした。
朝、6時半にアラームが鳴るもそこからもぞもぞとぐずりながら、結局7時15分頃に家族全員起床。寒い季節なのでなかなかスッと布団から出ることが出来ません。
冷たい廊下を通り、予約暖房が効いた暖かいリビングへ。夫はそこから仕事へ行くための身支度をはじめ、幼い息子はまだ寝ようとソファによじ登ります。私は朝食のパンを焼くためにオーブンを予熱、電気ケトルにコーヒー用の水を入れ、スイッチオン。それから息子を着替えさせるため、息子をソファからずりずりと引き下ろします。
「どれ着る?」
「ピンク!」
知的障害のある息子との会話のキャッチボールは変化球ばかりですが、意思疎通はなんとか可能。着替えを手伝い、トイレに連れていきオムツを変えたあたりで、オーブンと電気ケトルが準備完了をアラームで知らせてくれます。息子をいったん開放し、私は再びキッチンへ。
今日のパンはいつもの食パンではなく、コストコで買ったちょっと良い美味しいパン。パンを少し水で湿らし、そこから更に210℃で10分の焼成。手間がかかりますが、家族みんなが大好きな味です。
パンが焼き終わるまでに、私は他の朝食メニューの準備をします。とはいっても、朝食は簡単な物。パンの他にはヨーグルトとバナナ、息子の牛乳と夫のコーヒーと私のプロテイン。これらを準備して、自分の着替えも終わった頃に、パンが焼きあがります。
「焼けたよー。」
と洗面台にいる夫に声をかけ、家族そろっての朝食。
「いただきます。」
と始まりは一緒だけど、ごちそうさまはバラバラ。夫は少し急ぎ気味にいつも朝食を食べ、反面息子はのんびりと30分以上も時間をかけるからです。ある意味みんなマイペース、私は二人の中間ぐらいで朝食を終え、片づけを開始します。
「いってらっしゃい。」
と息子と一緒に夫を見送ってからが、私の仕事時間。
キッチンに戻り食洗機に入った前日洗い済みの食器をしまい、朝食の片づけ。そのあとは洗面台に行き、自分の身支度を整えると同時に簡単に洗面台回りを掃除します。そのあとは午前中いっぱいを使って、昼食と夕食の準備をします。
「色々なおかずを少しずつ食べたい。」
というのは、夫と私の共通の希望。
食卓にはいつも5品以上のおかずを並べるように心がけています。今日作ったのは、木綿豆腐を使って作る『肉そぼろもどき』、一晩かけて水抜きしたきゅうりを使った『きゅうりの佃煮』、エビとホタテを使った油少なめの『アヒージョ』、そしていつものお味噌汁。夕飯はこれに昨日残り物の『味玉』『豆苗とツナのサラダ』『筑前煮』を加えて、一汁六菜となります。昼食は、息子は春からの幼稚園に向けて練習中のお弁当、私は作ったおかずを適当につまんで済ませます。
午後は私は主にパソコンワーク、息子はテレビを見て過ごします。
エクセルで家計簿をつけたり、ネットで買い物をしたり、資格の勉強をしたり、ちょっとしたお小遣い稼ぎをする時間です。息子の機嫌によっては、あやすことで一日終わってしまうことも多いですが、私が一人で何かに集中できる貴重な時間です。自分用のちょっと良いコーヒーとリンツのチョコレート二粒をパソコンの傍らにおき、集中する時間はとても貴重で至福の時です。
パソコンワークもひとしきり終わった夕方、洗濯ものの片づけに取り掛かります。洗濯には少しだけこだわりがあります。それは『極力畳まない』ということ。おしゃれ着やニットを除いて、極力ハンガー収納にすることを心掛けているのです。靴下や下着は決まった箱にポイポイと投げ入れて収納します。専業主婦でも家事は楽にするのが私のモットーです。イライラしながら完璧な家事をするよりも、多少家事が緩くてもいつも笑顔のお母さんでいたいからです。
夕方、家事をしていると宅配便が届きました。
今日はバレンタイン、夫のために注文していた品物でした。中身は12年物のウイスキーとオリジナルグラス。去年までは手作りスイーツでしたが、元来夫は甘いものが得意ではないため、今年からはお酒にすることにしたのです。
リビングの食器棚の上2段を空け、お酒を置く用のスペースを作りました。今はまだガランとしていますが、来年からはここに1本ずつ、お酒の瓶を飾っていきたいです。
夫からこれから帰宅するとのLINEが入ったら、夕食の仕上げ。帰宅と同時に温かい物を食べてもらえる等、味噌汁やおかずを仕上げていきます。
みんなでそろって、
「いただきます。」
作るのに時間がかかったおかずも、夫と息子の前ではスルスルとなくなっていくのが嬉しくもあり、寂しくもあります。
食事の後は夫の育児タイム。お風呂に入れ寝かしつけをするのは、夫の仕事です。私は夕食の片づけと、自分のお風呂、そして残り湯を使って洗濯を済ませます。
ここまでやって、やっと夫婦の時間。
夫にバレンタインのプレゼントを渡し、今日あったことなどを話しました。
昔は夜遅くまで起きれていたけれど、最近は夫婦ともども夜10時にはダウン。ですので、日記もここまでにしておきます。
平凡な一日でしたが、この平凡こそが幸せではないかと私は思うのです。

最近はコロナウイルスの話題ばっかり

最近はコロナウイルスの話題ばっかりですね。マスクも品切れ状態でなんか大変な感じ。メルカリなんかで高額で転売するやつがいるって、ほんとにこいつらはハイエナだね。人の弱みに付け込んで商売するのっていくら金稼ぎのためとはいえ自分にはできないな。身近に感染者が居ないからまだ実感がわかないけど、たぶん今頃テレビでやっている感染者数よりも普通に街中にもいるんだと思います。うがい手洗いはしっかりやらないとな。健康第一!
2月6日 最近はいい天気が続いて気持ちいいね。清々しい気分で仕事に行ったのですが、なんか社長の様子がおかしい感じがした。なんだろう、普段は自分ではいかない銀行へこそこそ行ったりしてなんか企んでいるのかな?まさか臨時ボーナスが?まさか、そんな余裕はないよね~なんてみんなで噂話をしていました。それにしても目の前の上司の貧乏ゆすりがほんと目障りだ。どうしても視界に入ってくる位置にいるから防ぎようがないんだよね。ほんとこの上司は嫌いだな。絶対大人のADHDだと思う。会話してもまともに成立しないし、何言ってるかほんとにわからない。ろくに仕事もしないくせに高い給料を貰っていてむかつく。なんか最近はストレスが溜まってきているのがわかる。たまにはジムに行って汗でも流してストレス解消しないと。
2月7日 今日は疲れた。朝からクレーム処理やら事務処理が山のようにたまってしまいバタバタしてへとへとだ。夜はいつものメンバーで愚痴を言いながらの飲み会。自分の目の前の上司の悪口が一番盛り上がる。みんなも迷惑被っているらしく、自分以外にも仲間がいて救われる。この上司はいつも昼飯はコンビニ弁当しか食べないらしく、陰ではコンビニマンって呼んでいるってことが笑えた。たまたま入ったお店だったけど、1周年記念だったようでビールとハイボールが1杯300円って嬉しかった。小遣いが少ない中、これは非常にありがたい。止めとければよかったが、夜中に締めのラーメンを食べてしまったことが唯一後悔です。反省します。
2月8日 今日は朝からジムでトレーニング。昨日のラーメン分を取り戻すべく、頑張ってきた。でも最近ちょっとさぼってしまったのできつかった。ランニングマシンで5キロ走ってから筋トレ。約1時間びっちり体を痛めつけました。でも夜は家でいつも通りに酒を飲んで結局は±ゼロって感じかな。でも少しはストレス発散できました。週明けから頑張ろう。
2月9日 今日は子供の野球の応援に行ってきました。楽しそうに野球をしている子供を見ているとほほえましい気持ちになれます。練習試合で3打席の内、1打席目は内野ゴロ、2打席目はフォアボール、3打席目はライト前ヒットで得点に絡むことができました。良かったね。これからもうまくなるように頑張れ!夜は家族で回転すし屋で夕飯。今までは5皿くらいしか食べなかった子供が、今日は10皿までいきました。いっぱい食べて大きくなれよ。こういった普通の生活ってほんとに幸せだと感じます。いつまでもこのような生活が続きますように。
2月10日 今日は衝撃的な出来事が起こりました。会社が倒産するかもしれない状況に直面してしまいました。朝、いつも通りに会社に行ったところ、社内が騒然としていました。なんと馬鹿な社長が夜逃げしてしまったとのことでした。資金繰りが苦しいことはなんとなく雰囲気で分かってはいたので前々から怪しい動きはあったこともわかってはいましたが、まさかほんとに逃げてしまうとは。。。とりあえず今日は行方を追って様子を見るということで落ち着いたが、明日からが不安で仕方ないです。
2月11日 今日は祝日です。でも、昨日のことがあって気が気じゃないです。もしもいきなり会社が倒産となったらどうやって生活していこうかな。家族もいるし、子供もまだ小さいし、困ったものだ。あと、家族には内緒の借金もあるので深刻な状態になってしまいました。それと、仕事の面でもお客さんのフォローや今継続している案件の処理はどうしたらいい?なんかいろいろ考えていると嫌になってしまう。上司からの紹介だったこともありますが、なんでこんな会社に入社してしまったんだろう、ほんと最悪だ。
2月12日 今日は社長の兄が会社に来て話を聞きました。あらゆる手段を使って社長の行方を追ってはいるが、未だ連絡が取れない状態なようです。社長兄は同じ業界にいるため、仕事面においては頼りになる存在でした。特に資金繰りの面においては我々社員を安心させてくれるような発言もありました。でも、肝心な会社が存続するのか、解散することになるのかは少し待ってほしいとのことでした。会社の経営状況や資産状況がわからない状態では判断できないし、社長兄にも家族があるため少し時間を欲しいと説明を受けました。まあ当然のことかとは思いながらも、なんかもやもやが晴れない。不安が大きくなってきてどうしもよなく止めていたタバコを吸ってしまった。なんてこった。
2月13日 相変わらず社長の行方は不明だということ。会社がどうなるのかわからない状態なので、みんな声には出していないものの新規営業をしていいのか迷っている感じがしています。しかもこんな時に今までずっと交渉が止まっていたお客さんから再開したいといった相談がきたり、ほんとタイミングが悪い。もしも社長が見つからずほんとに倒産にでもなったら次の仕事はどうしようかな。そろそろ真剣に職探しでもした方がいいかな。とにかく家族には迷惑を掛けれない。必死にならないと。

昨年春に妊娠し、流産してから2度目の妊娠をしました。

昨年春に妊娠し、流産してから2度目の妊娠をしました。
念願の赤ちゃん、今度こそは絶対悲しい思いはしたくないととても神経質になり過ごしていました。
前回はできなかった心拍確認、胎児の姿確認を経て、念願の母子手帳交付、安定期と20週までは順調に異常もなく過ごしていました。
つわりもそれなりにありましたが、全ては赤ちゃんのため、これくらい頑張れると耐え、乗り越えました。
安定期に入り、つわりも治まり、長い距離を歩けるようになり、これから楽しいマタニティライフだなあと思いながら夫とベビー用品を選びワクワクしていたところ、年明けすぐに頻繁にお腹が張るようになりました。
妊娠してから便秘気味になっていたので、便秘でお腹張っているのかなあと思いながらもそれにしてもおかしい、お腹がカチカチすぎると念のため病院を緊急受診したところ、切迫流産と診断されました。
妊娠20週なら普通40ミリあるのが普通の子宮頸管長が28ミリしかない、25ミリを切ったら早産のリスクが高まってしまう、仕事をしているなら今すぐ自宅安静にしてと言われ、あれよあれよと言う間に書かれる休業命令の診断書、就職してから6年、朝から晩までワーカホリック気味に働いていた私の生活は一変しました。
私がしている仕事は本当に過酷で、数年ずっと夫に「仕事やめたい、主婦になりたい、ニートになりたい」とずっとごねていましたが、急に舞い降りてきた念願の長期休み。
でも、気持ちは嬉しいよりも「不安だ、申し訳ない」の方が強く、職場の人が連絡をくれるたびに「ご迷惑おかけして申し訳ありません」と謝罪する日々。
幸い、上司が色々手配してくれたおかげで私には負担もなく休みに入ることができました。
普段のお休みなら、どこかに出かけたり家の掃除をしたりと充実して過ごしていましたが、一変して自宅安静、動いたらお腹が張る、お腹が張ったら頸管長が縮む…できることは寝ることだけ、本当に退屈でした。
しかも大人しくしているのに、無条件に頻繁に張るお腹。どれくらい張ったらまずいのかもわからず不安になり、自宅安静指示が出てから2日、内服の薬が効いていないこともあり再度受診すると点滴で様子見ましょうと急遽入院になりました。
この日は夫の誕生日の前日。本当は焼肉を食べてお祝いして、手作りのケーキを食べるはずだったのに…。当たり前と思っていたことができなくなったこと、誕生日なのに離れ離れになることが悲しくて落ち込み病室で「ごめんね」と泣いたことを覚えています。
そして始まった点滴生活。内服の時から手の震え、動悸といった副作用がありましたが、内服の20倍の量の点滴の副作用は計り知れないものでした。横になったら常に自分の心臓の音が聞こえるくらいの動悸、食事の時に箸を持つと手が震えうまく食べ物を持てない、字を書くなんてもってのほか。
それだけならまだしも、点滴を始めて2日経つとさらに食事を摂っても気持ち悪くて吐き戻すようになってしまいました。
副作用の辛さ、お腹の赤ちゃんに栄養を届けなきゃいけないのにご飯を食べられない苦しさ、食べられなくて減っていく体重を目の当たりにして、夫の前で「ご飯が食べれない、しんどい」と号泣、「大変なのに赤ちゃん守ってくれてありがとうね」と言われ更に号泣、入院生活は本当にメンタルを崩す日々でした。
次の日、ドクターの診察で、食べれないならない服に戻そうと言われ、点滴が外されると今までの苦しみが嘘のようにご飯を食べれるようになりました。
点滴が外れたことでストレスも減り、それまで夫が来るたびに泣いていたのも一切なくなり、入院生活が慣れてきたのもあって穏やかに過ごすことができるようになりました。
何より、それまで食べれないことを心配していた夫に「ご飯全部食べれたよ」と報告すると喜んでくれるのが嬉しくて、励みになりました。
10日の入院を経て、内服で症状が安定していること、自分の中でもこれくらい張ったらまずいと言う感覚が掴めるようになり、無事退院をしました。
10日ぶりの我が家、普段片付けや掃除なんてほぼしない夫が仕事と病院の往復に加え、頑張って綺麗な状態をキープしてくれていたことに驚きました。
自宅安静に戻ってからも、夫はとても頑張ってくれ、仕事が残っているのに一度帰宅し私のご飯を用意してからまた職場に戻る、平日に朝ごはんなんて作ったことはほとんどなかったのに私より早く起きて栄養のあるご飯を用意してくれると言う日々を送っています。
現在25週まで来ました。胎動もぽこぽこ日に日に強くなり、私も切迫と診断された時と比べたら少しずつ動けるようになりました。
仕事したいなと思うこともありますが、まずはお腹の赤ちゃんが第一、無事に出産できるように周りに感謝しながら穏やかに過ごしていきたいと思っています。
色々ありながらもここまでなんとか頑張っている赤ちゃんありがとう。
遅くまで仕事しながら私のサポートもしてくれる夫、ありがとう。
もう少し一緒に頑張ろうね。
赤ちゃん、会えるの楽しみにしているよ。

結婚して4年目。

結婚して4年目。
二人の子宝にも恵まれ共働きで忙しいながらも休日はピクニックや遠方に出かけたりと3才と1才の息子と夫と幸せで充実した日々を送っています。
そんな中、今日は待ちに待ったあの日!
先週、夫が結婚して初めての有給休暇を取得すると突然言い出し、私にも有給休暇を取得を勧めてきました。何かあるのか聞いたら、「難にもないwwだから休もう!」と言い出し、息子たちが生まれて依頼一度もしていなかったデートが突然決まったのだった。
もちろん子供たちは何も言わずに保育園に登園予定ww
それはそれは私はウキウキして、
映画もいいな!おしゃれなランチコースでワインでも!海も見たいな!USJもいいな!などとあらゆるデートコースを提案しては一人であれこれ言ってITました。
でも、保育園から呼び出しがいつあるか分からないので遠出はできない、お酒もそんなに飲めない、となるとなかなか決まらず当日の朝を迎えていました。
息子たちを保育園に送り、駅では無く家に戻ると夫から「京都に紅葉でも見に行くか!」と意外過ぎる提案が!
絶対付き合っている時は興味ないとか言って一緒に行ってくれなかっただろうに。
私のために、そしてカメラ好きな私、そしてインスタ映えしそうなところを選んでくれました。嵐山のキレイな紅葉を想像しながら、おしゃれしなきゃ!とウキウキ支度していました。
そんな時、私の脳裏にふっとある提案が浮かびました。
それは、京都行くなら天下一品の本店でランチしようよ!と夫に提案すると物凄く喜んで朝も食べずに今度は夫がウキウキと支度し始めましたww(夫はラーメン好きで天下一品も大好きなのです)
支度が終わり、車で京都まで1時間かからない程なので先に天下一品に向かいました。
平日なのに駐車上は空きが1台のみ。
店内も1つのテーブルのみ空き。さすが本店!
夫はこってり、私はこってりとあっさりの中間の屋台味を注文。
そして私だけビールも追加ww
一口目食べた後、顔を見合わせて美味しさにびっくり!
あっという間に二人ともたいらげちゃいました。
お腹もふくれ、嵐山へ向かうことにしました。京都の街並みを車から眺め、夫の横顔も眺め、あっという間に着きました。
嵐山も平日なので駐車場は満車ばかりで観光客に溢れていました。休日はもっともっとすごい人なんだなーと思いながらも空き駐車場を見つけ駐車。
河原を歩き、目に飛び込んできた山の映える紅葉の美しさ!
目に焼き付いて今でも鮮明に覚えています。大きな橋にさしかかりそこでもたくさんの社員をとり、夫一人でポーズとらせたりしてましたww
橋を渡っていると渡し船やボートがたくさん川にあり、ただただ見ていると夫が乗ろう!と言い出し乗り場へ向かいました。
(これも意外!今日の夫は完全に私が喜ぶであろうことだけ考えている!)
ボートに乗り込むとその揺れの大きさに驚きましたが、慣れると何とも言えない開放感があり、風が気持ちよく、紅葉がキレイで最高の気分になりました。
そして夫がボート漕ぐのがやたら上手く、何でそんなに上手いの?って聞いたら、「学生の時よく色んな彼女とボートに乗ってた」と回答。
余計なことを聞いてしまったと後悔ww
でも今は結婚して夫婦だし、ボートを上手に力強く漕ぐ夫を改めてかっこいいなーと思足りしてました。
ボートで対岸まで行き、そこにはお土産屋や団子屋などがたくさんあり、そこをふらふら歩いていました。
普段は自分からあまり喋らない夫も子どもみたいに楽しそうで、修学旅行みたいにお土産屋を見て回り、お団子を頬張りながら散歩をしていました。
子どもたちにもミッフィーのパン屋さんがあり、そこであんパンを購入。
そして私達夫婦は何にしようかと考えているとお箸を作っているお店があり、そこで古風だけどおしゃれなお箸を購入しました。(ここだけ夫婦感ww)
嵐山も一通り周り、存分に楽しんだのでそろそろ帰ろうかとなり駐車場へ向かい車に乗り込みました。(保育園のお迎え時間があるので。)
そっからか今日の振り返りと、子どもたちに早く会いたいねーという家族の会話になっていました。
とことん、私はこの人と結婚して良かったと思い、家族と過ごす人生の楽しさを一人で車で浸っており、勝手に泣きそうになって堪えていました。
会話でごまかそうと思い、夫に何で紅葉にしたの?保育園のお見送りの間にテレビでもやってた?と聞いたら、、、
「有給取るって決めてからずっと考えてたんだよねー。遊園地とかランチとか映画とか。でも何かデート感ないしなーと思って。〇〇(私)は子どもたち出産して毎日育児と仕事、おれは平日ほぼ居ない状況で、たまには女の子な感じで楽しんでもらいたいなーと思って。んで考えた末、おれが絶対提案しないと思ってるであろう嵐山の紅葉にしたww毎日毎日本当にありがとうな。〇〇が居るからおれは毎日幸せだよ。」
と言われました。
どちらかと言うと寡黙な夫からはシラフでは言わない言葉の連発ww
そこで私は涙が止まらないww
夫も仕事激務だから休日ぐらいゆっくりしたいと思うのに。
土日も家族優先で色んなところへ連れて行ってくれているのに。
私は給料少ないから夫の給料で家族は生活できているのに。
文句も愚痴も一度だって聞いたこと無い。
私は何て幸せな妻であり母なんだろう。
と幸せともっと感謝しなきゃって気持ちとで人生忘れられない大切な日となりました。
涙で化粧ぼろぼろのまま保育園に到着し子どもたちのお迎え。
走ってくる我が子たちをいつも以上に力強く抱きしめる。
そこで長男が私の目を見て、「母ちゃん目が赤いよ!どうしたの?」って言ってきて。
私は「父ちゃんと話してたら感動して泣いちゃってww」と言いました。
そしたら息子が夫に、
「父ちゃん!母ちゃん泣いちゃったってよ!悪いことしたら誤りなさい!」
おいっ!息子や!違うぞ!ww
夫は笑いながら私にごめんなさいと言いました。
私は何て幸せなんだろう。これが幸せってやつなんだな。

いつも通り5時に目が覚めました。

いつも通り5時に目が覚めました。
ポストに新聞を取りに行った時、空を見上げると、まだ星が出ています。
冬の朝は寒いけど空が美しいです。
コーヒーを淹れてから新聞を読み始めます。
いつもは見もしないのに「首相の一日」が目に留まり、読んでみました。
朝から午後4時まで20人位と会っていました。
17時散髪、夜は会食。
私は政治のことは全く分かりませんが、
毎日忙しいんだなぁ、と思いました。
私が無職のせいでしょうか、どんな仕事であれ、 忙しく働いている人がみんな凄く思えます。
週刊誌の中刷り広告を隅から隅まで眺めます。
薬物問題と老後の健康の話題が出ていました。
6時頃になると空も明るくなるので犬の散歩に出かけます。
仕事をしていた時は、時間を気にしながら犬の散歩をしていたので、ゆっくり犬に付き合う事が出来ませんでしたが、今は時間はあるので、犬が草むらでいつまでも匂いを嗅いでいるのを待ってあげる事ができます。
それはいいのですが、犬の散歩途中ちょくちょく会う人から「今からお仕事ですか」
と聞かれると困ります。
「はぁ」と言ったり、会釈したりして誤魔化します。
嘘はついていませんが、どことなく後ろめたい気持ちです。
7時過ぎ、家に戻ると朝食です。
炭水化物抜きダイエットが話題になり、何度か炭水化物を食べない日を設けたり、大好きなビールを我慢して蒸留酒にしたりしましたが、我慢の反動で大量にビールや日本酒を飲んだり、ラーメンを食べたりしてしまったので今はあきらめて普通に食べています。
とは言え、多少気にはしているので千切りキャベツのサラダから先に食べます。
食物繊維から食べると糖の吸収を抑えるそうです。
懐石料理のように一品、一品、小鉢などを食べて最後にご飯を食べるといいと聞きましたが、そんなに品数を作る余裕がないし、やっぱり白米とおかずを一緒にたべたいなぁと思います。
9時30分にスポーツジムに行くので準備します。
運動していても一向に痩せないのはやはり食べ物のせいでしょうか。
今は家で風呂に入るのが面倒なので、
運動に行くというよりシャワーを浴びに行く感じになってしまいました。
ここのスポーツジムのスタッフはお客さんを苗字で呼ばず、下の名前で読んで親近感を出すようにしているみたいです。
今はもう慣れましたが、
「○○さん、おはようございます。大分、動けるよになりましたね」なんて話しかけられると嬉しいというより、どう反応していいか分からず、
「はぁ」と不愛想な応対をしてしまった事が何度かありました。
ロッカールームで常連さん同士が話してるのを盗み聞きしたところ、やはり皆さん始めは慣れなかったようで、親しみどころか、バカにされてる気がした、という意見もありました。
二時間程、体を動かして、シャワーを浴びて出ました。
昼なので家に戻ろうと思いましたが、
買い物もあるのでどこかで済ませて買い物して帰ろうと思いなおし、歩き始めました。
昔行った事があるレストランに入りました。
客は私の他2人くらいしかおらず、比較的ヒマなようで、店長とバイトらしき男の子がおしゃべりしています。
聞こえてきた内容はこうです。
以前、この店でバイトしていた子が、
近所の公園で捨て猫を見つけた。
その時、その子が近くにいた老夫婦に、
こういう場合はどこに連絡すべきでしょうか、警察でしょうか、と聞いた。
老夫婦は保健所に連絡しろ、と言った。
保健所に連れていかれたら子猫はガスを吸わせられるんですよね、と言うと、
そうだ、でも仕方ないと老夫婦は答えた。
その子はこの幼い命が消される事に平然としている老夫婦を嫌悪し、無言で子猫を自分のマフラーで包み病院を探した。
しかし動物病院に行くのは初めてなので、費用などが全く分からないから、犬や猫を飼った経験のある店長に連絡が入ったとの事。
店長は、病院に連れて行ったら自分で飼う意思があるかどうかと聞かれるから、もし飼う、または里親が見つかるまで面倒を見るつもりがないなら行かないほうがいい、と話した。
結局、病院に連れていき、その子の家で飼うことにしたらしい。
ここの店長は若いころ、ヨーロッパの何か国で料理の勉強をした事があるらしく、このように話していたのが印象的でした。
「ヨーロッパにも野良猫はたくさんいるが、野良猫の保護、去勢、治療などを無料でしている団体がある。町の人たちも野良猫を毛嫌いしないので風景に溶け込んでいる。犬や猫が乗り物に乗ったり、飲食店にいるのにも寛容だ。日本であれば不衛生だと非難されるだろう。宗教的なものもあると思うが、犬、猫を人間より劣る獣としてではなく、対等とは言わないが、生き物として慈愛をもって接している。日本人はやさしいとか言われるが、こういう面ではヨーロッパの方が進んでいると思う」
盗み聞きしながら、なるほどなぁと思いました。
店長はバイトの男の子に聞きました。
「もしお前が捨て猫みつけたらどうする?」
バイトの子「自分、生き物ってダメなんですよ。
毛ついたりとか。あとベロベロ顔舐めたりするじゃないですか。あれ、ありえないです。」
店長「お前、潔癖か?」
バイト「いや、違いますけどダメっすね」
店長「じゃあ見捨てるんだな。ヒドいやつだ」
バイト「やー、でも飼えないんで」

たしかに飼えないのなら拾わずに、そのままにしておく方が野良猫として生きながらえるかもしれないので猫にとってはそちらの方が幸せな場合もあると思いました。
実際、私は犬を飼っているので、猫は飼えませんし、自分だったらどうするかな、と考えながら店を出て歩いていたら、すっかり買い物の事を忘れてしまい、家に着いてから思い出してしまいました。

今日、息子の3度目の手術でした。

今日、息子の3度目の手術でした。
去年の11月の終わりに貧血がきっかけで息子は優生遺伝の病気だと診断を受けました。
1度目の手術で1月17日大腸全摘、回腸嚢肛門吻合術。術後の経過が悪く腹膜炎を起こし、同月27日に2度目の手術にて前回作ったJパウチ部分を切除。浮腫がひどく再建は次回に回復を待ってすることになりました。
そして、今日2月14日がその3度め手術でした。
手術前日はバレンタイン手術だね、なんて冗談も飛ばしあい、割と冷静に挑む気持ちでした。

歩いて手術室へ向かう息子に行ってらっしゃい!と母と私と二人手を振りました。

予定では2〜3時間でしたが、手術中、思案しながら行う事になるでしょうと事前に聞いていたので、9時から始まった手術が終わったのが午後5時になっても、さほど驚きはしませんでした。

時間が掛かったのは、小腸と肛門の吻合がなされているからなのだと思いました。

事前に最悪、永久人工肛門になるかもしれませんと聞かされていましたから。
その場合は逆に時間は早く終わるだろうと思ったのです。

しかし、いずれでもなく、前回から聞かされていた骨盤が狭い事と予想よりも浮腫が取れてなかったので、小腸と肛門をつなぐ事が出来ずに、閉腹するとの事でした。
閉腹する前に説明されました。
担当医師は「まだ諦めてません、息子さんには申し訳ないですが、もう一度チャレンジさせてください」と。
先生から見てまだ可能性が少なからずあるから、そんな事を仰ってくださるのでしょう。
もちろん、私も息子も、諦める訳にはいきません。

だってまだ息子は20歳なんですから。

手術後、今回は1番辛そうで今は集中治療室です。
早くて明日、もしくは週末まで集中治療室だそうです。

何で何で何で、うちの子なの???とドラマでよくあるような言葉が頭をよぎらない日は少なくないです。
悪夢としか思えない、しかし、これは現実の話です。

ちょっとしたケガで自転車から転倒して手の指を何針か縫ったのは小学3年生頃。

交通事故で車に跳ねられたのが中学校3年生。結構な事故だったけど、ほとんど無傷だったけど、自転車はペッチャンコになっていました。

そういえば、小学5年生の頃は夏休み旅行で行った、波の出るプールでは頭を切って何針か縫ったこともありました。

なんか、そういえば、そういう事の多い子でした。

しかし、男の子なんてそれくらいの事はつきものだという気もします。

3度目の手術が終わり、集中治療室に顔を見に行った時、ベット越しに先生が今の状態の説明をしてくれていたのですが、その傍らで息子はオエオエと吐いていて、苦しくそうで思わず涙がこみ上げできました。
誰がこんな事したの?ひどいじゃない!神様なの?どういう訳でこんな目に合わすんですか?
病気だけでもキツい状態なのに、手術すら上手くいかないってどういうこと?
よくある話なんでしょうか?
みんなこんなに辛い思いをするのでしょうか?してるのでしょうか?

職場や色んな場所で待遇やら給与やらシフトやら、常に不公平のないよう、子育てですら長男と次男、公平にするように注意してきたのに、そもそも人生自体が不公平極まりないなあと思います。
良い人だから長生き、悪い人は早死に、とかそれも違います。

なんか、今日は特別やりきれない思いでいっぱいです。

駆けつけてくれた母は、孫の病気に困り果て、気に病み、胃が痛く食欲がないと言って、息子の事を考えないようにしようとしたりしてると話していました。

まるで息子が邪魔にされてるような気がしてしまいました。

悪気はないのですが、そんな事言われるともう病院に来なくてもいいし、考えてもらわなくても大丈夫です。
息子のせいにしないでほしい。
自分のメンタルの弱さでしょう?
と、自分の母の事を悪く思ってしまいます。

もうほっといてもらう方がこちらとしても気が楽です。

それで母は健康、私は自分の事を悪く思わなくても済みます。

私は大丈夫です。

何故なら大丈夫でなければいけないからです。
そういうもんです、人って。
母親って。

木の上に立って見ると書いて、親って字です。

私も息子の事をみることしか出来ません。

私の母もそうです。
私をただ見てるだけでいいんです。

何の役にも立たず、変わってやることも出来ず、立ち向かって行く姿をただ見てる。

気の利いた励ましすら出来ず、うっとうしく感じるみたいです。

そうなんです、息子はただ痛みに耐えて頑張っているので、そばで私はただ、見てるだけです。
口も手も出せず、ただオロオロと。

今日は集中治療室なので、見ることすら出来ません。

仕方なくそれも受け入れ、自分の無能ささながら、親ってそういう生き物なんだと、実感してます。

どこか、違う病院、大学病院とかに行った方が良いのかな。
先生に今さらだけど、聞いてみようかな。
気を悪くされないかな?
良い先生だし、せっかくここまで手を尽くしてくれてるのだから、このままこの病院でお世話になるのがいいのでしょうか。
もう、未熟な社会経験少ない息子と私だけで判断していくの疲れました。

ではまた明日に考えるとします。